客観的「自分」と主観的「自分」を語る方法
~高専・技科大連携による日本語コミュニケーション教育の試み~
焼山廣志(1,2節)・中森康之(3節)


平成19年度に豊橋技科大学との高専連携研究プロジェクトに採択され「高専から技科大に継続する日本語(国語)コミュニケーション能力の向上に向けた教育プログラムの開発と、それに基づくオリジナルテキストの作成」を目標に、中森康之准教授との共同研究を開始したが、平成20年度も再び採択され、継続することが出来ている。その間、両者で学校を相互訪問し、授業参観、教育プログラムの開発に向けての討議意見交換を深めてきた。平成20年度は、「教育教員研究集会」において、二人の取り組みの一端を共同執筆の形で発表する機会を得た。今回は、取り組みに新たな視点を加えて改めて現在取り組んでいる教授カリキュラムを、それぞれ共同執筆の形で公にしたい。

前半を焼山が、後半を中森が分担した。前半では主に、客観的「自分」を語る方法の取り組みを、後半は主観的「自分」を語る方法の取り組みの一端を紹介してみる。

平成20年度は、新聞のコラム、社説を題材に、それを要約する演習・それに対する所感を述べる演習等の「文章表現法」の授業の例を紹介した。今回は、そうした題材に拠らず直接「自分」を自分の言葉で語るという授業の取り組みの一端、「エントリーシート」の書き方を提起したい。

2.1 この授業のねらいと本校の教育カリキュラム

エントリーシートとは入社志望書であり、自己紹介書の進化したものと言える。従来の履歴書に加え、企業ごとにさまざまな質問に答えさせることを求めた自己申告書である。まさしく「自分」を語ることを、「文章」で求められる課題である。

本校では、4年次の「日本語コミュニケーションI」(必修選択科目)で、前期100分授業15コマのカリキュラムの中で、この演習の取り組みを実施している。専任2名、非常勤1名の3名体制で、本校独自のテキスト『日本語文章表現法 講義録・演習レポート集』(焼山廣志編)を作成し、担当3名共通教材で取り組んでいる。週1回3人で授業内容の意見交換をする会を持ち、5学科全員がほぼ同一教育カリキュラムを習得できるよう留意している。更に、後期自由選択科目の一つとして「日本語コミュニケーションII」を開講し、前期の「日本語コミュニケーションI」で習得した内容を更に実用的な課題を与え個別指導を多く取り入れた実践をしている。

2.2 授業の実際

2.2.1 「履歴書」の作成

①まず、一気にエントリーシートに取り組ませるのではなく、「履歴書の書き方」の基礎知識の講義と実際にサンプルの履歴書に下書き、清書をさせるという演習を100分2コマで実施する。

2.2.2 「自己紹介」文書作成(その1)

次の段階として、「自分を紹介する」文書を作成する取り組みを行う。字数は、口頭で発表した時「1分」以内におさまる分量として「400字」以内と決めている。昨今の学生に見かけるようになった事象だが、①で実践した「履歴書」等のフォーマットの決まったものに対しては、基礎知識さえ与えれば、難なく課題をこなすのに対し、自分のことを「自分の言葉」で語るという各個人の独創性が求められるものとなると、急に難しさを訴えることが多くなるのである。例えば、「自分の特技」とか「自分の性格」などの問に見られる自己分析を不得手とする学生が増加しているように思えてならない。

そこで、自己分析をするのに必要な初歩的な設問をしたシート(図1)を用意した。回答させる項目は、「氏名」「学部専攻」「出身地」「出身校」「現在住居地」「家族構成」「自分の性格」「趣味・興味のあること」「将来の夢」等を設定した。まず、このシートに可能な限り自分の情報を正確に、そして的確に記すよう求める。これが、学生個人の基礎データとなることを認知させる。

図1
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2.2.3 「自己紹介」文書作成(その2)

次に、400字詰の横書き用の原稿用紙に2.2.2で取り上げた自己分析の基礎データを記したシートを参考にして、「自己紹介文」を下書きとして作成・提出させる。字数は400字を満たすものとなるよう学生に求める(図2)。

この下書き原稿を回収する時、数名の学生には「ワープロ原稿」として提出を求める。これは、一人ひとりの提出原稿を個別に添削指導するものと異なる指導方法である(課題字数が少なかったり、課題テーマがさほど個々人の文章表現能力の優劣を問わないものである場合に有効)。それは数名(2~3名)のワープロ原稿を、事前に赤でPCのワープロを使って添削を施し原稿の下欄に付け加えた修正原稿を、教える側が事前に準備し、当日、プロジェクターを使って指導するやり方である(図3)。学生のワープロによる提出原稿はそのままの状態で、字句等は全く手を加えず、行間や改行のみ若干の修正をしたものを、プロジェクターを使って指導する時と同時に、プリントをし、配布する。それに色違いのペンで、修正・加筆を行わせる。2~3名の他人の文章の添削例を見習うことにより、同じテーマでの課題文の不備な点が、個別に教員より指摘を受けるまでもなく、自分で大概は気づくことが出来る。これを踏まえて、各自に再度「下書き原稿」を「清書原稿」として再提出することを求める。そして、この「清書原稿」は回収後、個別の添削を施して学生に返却する手順をとる。

図2
図2
図3
図3

2.2.4 「エントリーシート」文書作成(最終段階)

この二段階の演習のあと、最終目標である「エントリーシート」作成演習に入る。エントリーシートの質問例として、速水博司氏が『大学生のための文章表現入門』(蒼丘書林)の中で、例示されているものを参考にして、次の項目を設定してみた。その項目一つひとつについては200字程度の回答を求めることを想定している。

  1. あなたが学生時代(または、これまで)に最も熱心に取り組んできたことは何か。
  2. あなたが人に誇れるものは何か、又は自信を持って誇ることのできることを具体的に述べよ。
  3. 自分の強み、弱みは何か。
  4. あなたが得意とする分野は何か。
  5. あなたはどのような人間か、あなた自身のPRを、具体的にせよ。

以上の中で昨年本校で実践したのは、「(5)あなたはどのような人間か、あなた自身のPRを具体的にせよ」と「(4)あなたが得意とする分野は何か」と「(1)あなたが学生時代に最も熱心に取り組んできたこと」の3項目についての文書作成である。それに、「免許・資格、インターンシップ等」の一項目を付加した。エントリーシートの本来の目的である、企業側の選考したい人物の「志望意志」の確認である、「志望動機」という肝心の質問項目を入れていないのは、この演習をする学年が4年次で、まだ自分の進路について明確な回答を求めづらい事情があるからである。

2.3 成果

この授業の取り組みは「2.1」で述べたように4年生の全クラスで実践している。今回紹介した「履歴書・エントリーシートの書き方」の他に「手紙文・葉書の書き方」そして「敬語の使い方」を指導の三本柱として学生のニーズに応えた実践的な内容を教授、指導している。学生にはすこぶる評判の良い科目の一つとなっているのは、ここで学んだこと、演習したことが、近未来に必ずや役に立つという期待があるからだと思う。それだけに学生のこの科目に対するモチベーション、取り組みは、より真摯であるように見受ける。今後はこうした教材をさらに開拓し、又、取捨選択を施し、常に、学生のやる気を喚起できるような工夫が強く求められていよう。


本章では、「自分」を語るもう一つの方法、自分の主観を語る方法を学ぶ授業について述べる。

3.1 学生の現状と授業のねらい

高専~技科大生の多くは、客観的事柄を論理的に述べることは、得意とする。一方、自分の主観、感想や考えを、説得的、魅力的に語ることについては、戸惑う学生が少なくない。

主観を他者に語るとは、「正しさ」の理解ではなく、他者の納得や共感、興味を得ようとするものであり[注1]、客観的事柄とは、その語り方が違う。しかし学生たちはそのことを、あまり深く認識していないのである。

そこで私は、主観を他者に語る方法を身に付けるための授業をいくつか試みている。高度な技術者には、両方のコミュニケーション能力が必要だからである。今回はその中から、「自分の好きな本を友達に薦める」授業を紹介する。

科目名は「国文学」。1~3学期の通年開講(単位認定は学期ごと)。受講生は全系の1~3年生。

この授業のねらいは、主観を語る方法を身に付けることと、もう一つ、多読力養成である。[注2]

中にはかなりの本を読んでいる者もいるが、大多数の学生は、本をあまり読まない。まして「多少とも精神の緊張を伴う読書」[注3]を日常的に行っている学生は、極めて少ないのが現状である。

3.2 授業の実際

3.2.1 1年間の流れを作る

まず1学期は、「読書」について学ぶ。「読書とは何か」、「何のために本を読むのか」、「本をどう読むのか」などに関する本を3~5冊全員で読む。それを通じて、読書の意味や方法についての、授業におけるスタンダードを形成するのである。

これまで取り上げたテキストは、内田義彦『読書と社会科学』(岩波新書)、加藤周一『読書術』(岩波現代文庫)、斉藤孝『読書力』(岩波新書) 、平野啓一郎『本の読み方』(PHP新書)、 林望『知性の磨きかた』(PHP新書) 、福田和也『悪の読書術』(講談社現代新書) などである。

なお授業は、プレゼンテーションとディスカッションで構成し、自分の読みを他者に語る経験をさせておく。

2~3学期は、各自が毎週1冊、自分の好きな本を紹介する。主な条件は3つである。

  • 「透徹したものを見る目、繊細で温かみのある感性、多元的な思考能力、グローバルな視野を培う」(本学の教育理念)本。
  • 「多少とも精神の緊張を伴う」読み応えのある本。
  • 新書と文庫を原則とするが、単行本も可。

3.2.2 2~3学期の1コマの流れ

授業は3部構成。第1部はプレゼンテーション、第2部は応答プレゼンテーション、第3部は「お薦めシート」閲覧会である。

プレゼンテーションは、受講者数にもよるが、質疑応答を入れて1人5分~10分程度。学期ごとに、1人最低1回は行う。

応答プレゼンテーションは、前回プレゼンされた本を、別の受講生が読んできて行うものである。

例えば加藤典洋は次のように述べている。

文章の一生というものがある。それは文章を書く。そして、それを相手に出す。そこで終わるのではありません。それは、相手に読まれ、時に相手を失望させ、時に相手を感激させ、時に相手に愛想を尽かされる。その相手から「生きた反応」が示される。そこまでいって、人に一度書かれた文章というのは一つのサイクルを終えるのです。[注4]

プレゼンでも同じである。特に自分の主観を語る場合、それが他者の主観にどのように受け止められたかという、「生きた反応」が非常に重要なのである。プレゼン同様、学期ごとに最低1回行う。

「お薦めシート」閲覧会は、机上にお薦めシートを置いて、学生が教室中を歩き回る。これが重要である。体を動かすと精神も動く。同じシートを見に来た人と言葉を交わす。教室のあちこちでディスカッションが始まる。教員もそれに加わる。

3.2.3 お薦めシート

A4一枚。デザインは自由。必須項目は、書名、著者名、出版社、価格、内容の要約、アピールポイント、日付、氏名、学籍番号。下記は実際に学生が作ったものである。

図4
図5
図6
図7

3.2.4 学生は何を学ぶか

プレゼン、応答プレゼン、お薦めシートとも、中心は自分の読みである。「どう読んだか」「どこが、なぜ、どのように面白かったか」「その本を読んで、自分の精神にどのようなドラマが起こったか」などを、毎週、語るのである。

それには「生きた反応」が返ってくる。プレゼンすれば、その場で質疑応答があり、翌週には応答プレゼンがある。お薦めシートはその場で閲覧される。学生たちはこの経験を通して、この「いい」が、「正しさ」ではなく、他者の主観に届かせる魅力であること、そして、どういうものが他者に届く力があるかを学ぶのである。

3.2.5 学生はどのように学ぶか

一言で言うと、学生は経験を通して自分で学ぶ。自分のプレゼンやお薦めシートの反応がいいと嬉しいし、逆だとショックを受ける。しかもこれがお互い様なのだ。友達の「いい」お手本も目の前にある。この、友達同士での「生きた反応」のやりとりが、学生の動機付けに非常に有効なのである。動機のあることについては、学生は非常にうまく取り入れて上達してゆく。

3.2.6 コツ

私は、具体的な指導は一切しない。そのかわり、私の「生きた反応」をきちんと返す。いいものは「いい」と言い、理由も説明する。閲覧会でも、「これいいね~」「この本、僕も読みたい」などと言い、学生と談笑する。もちろん、お薦めシートは、翌週には評価をつけて、一人ずつコメントしながら返却する。あとは、読みやすい本に傾かないよう、授業が深まる流れを作れば十分である。

3.3 成果

多読力でいうと、この授業だけで20冊以上読む。また、他の受講生が紹介する本は、数百冊(受講生×回数)にも及ぶ。これが読書というものに対する認識を確実に変化させる。アンケートにも、「次第に本を読む大切さが分かった」「本を読む習慣をこれからも続けていきたい」などとある。

2007年度には、有志が授業とは別に読書会を作り、さらには、読書会メンバーのお薦め本を授業でプレゼンするという事態まで起こった。

主観を語る点についても、確実に深化してゆく。例えば次のように語り出すのである。

二学期から頻繁にこの中島義道氏の著書を発表させていただいている。(略)だからここで一度、私が感じる義道氏の魅力について、行数の許す限りにおいて書いておきたいと思う。(中島義道『生きにくい』角川文庫)

彼はそれまでの自分の価値観、生き方に反す中島氏の哲学をどう受け止めたらよいかに悩み考え、それを語った。もう一例。

わたしがこの問いに出会ったのは中学3年生の時、森博嗣の小説だった。その当時はまだよくわからずにふーん、へぇーと読んでいたのだが、今改めてこの問いにぶつかると、かなりの難問だということがわかる(福岡伸一『生物と無生物のあいだ』講談社現代新書)

3.3.1 アンケート結果

本授業は2003年から開始した。手探りだったので、「授業の主旨が分からない」などの批判も多く、総合評価3.7/5点だった。だが翌年は4.5、その後4.8(2005)、4.4(2006)、4.6(2007)、4.8(2008)と、学生の評価も高い。下記は自由記述である。

  • 新しいスタイルの授業でしたが、非常に興味深く、楽しいものでした。
  • 本を読む大切さ、人に分かりやすく興味を持ってもらえる発表のしかたを(略)学ぶことができてとても意味のある時間になりました。(略)今後も文庫本を読んでいこうと思います。
  • さまざまな意見が飛び交い、各々の意見に自分の考えを比較させることで、新しい発見をすることができた。

3.4 今後の展開

お薦めシートのWeb上での公開など、受講生の動機をさらに高める仕掛けを現在検討中である。



[編集] 出典 脚注
注1) 中森康之,「臆病者の文章表現-表現法の試み(四)」,雲雀野,2005
注2) 精読力養成は、別の授業で行っている。
注3) 齋藤孝『読書力』,岩波新書,2002,pⅱ
注4) 『言語表現法講義』,岩波書店,1996,pp.10-11