高専から高専専攻科・大学に継続する
日本語コミュニケーション教育に向けたプログラムの開発
焼山廣志(1,2節)・中森康之(3節)


平成18年度の教育教員研究集会において勤務校である有明高専で本科5年間・専攻科2年間の7年に亘る長期の教育期間の中で取り組んでいる「日本語の文章表現能力の向上に向けた教授カリキュラムと教授資料」の一端を紹介する機会を得た。今回はその続稿にあたる。

前回と大きく異なる点は、平成19年度に豊橋技科大学との高専連携研究プロジェクトに採択され「高専から技科大学に継続する日本語(国語)コミュニケーション能力の向上に向けた教育プログラムの開発とそれに基づくオリジナルテキストの作成」を目標に中森康之准教授との共同研究を開始した事が挙げられる。両者で学校を相互訪問し、それぞれの授業を参観し、意見交換、討議を重ねて来た。今回はその中間発表的なものと位置づけられるが、二人で「文章表現」「プレゼン能力」の向上に向けた取り組みの一端を公表してみたいと思う。

共同執筆のうち、焼山は前半で今まで、主に取り組んで来た「日本語文章表現能力向上に向けての教授カリキュラムと教授資料」の一端を紹介し、中森は後半で、豊橋技科大学で取り組んでいる「日本語オーラル表現」及び「日本語によるプレゼン能力の向上に向けての教授カリキュラム」の一端を、本稿で分担、公表してみる。

平成18年度の教育教員研究集会で発表したものと重複する所が多い。この取り組みにいたる経緯は前稿[注1]に記したことと大きな変更点・変化は見られない。したがって本稿では平成18年度の発表以降に改善を行ってきたことを主に、「授業の実践方法」の一例の公表に絞って頁を進める。

大きな改善点の概要は以下の通りである。
「新聞のコラムを使った日本語の文章表現能力の向上に向けた取り組み」の具体的な実践方法及び使用テキストの作成主旨・内容については、コラムの内容を年度毎に全て一新していることを除いては大きな変更点はないが、その実施する学年と、その学習目標をレベルにあわせて、明確に三つの段階に分けてみたことである。つまり、レベル1を、高専本科の1・2年次で、レベル2を、高専本科の4年次、又は大学の1・2年次で、レベル3を高専専攻科1・2年次、あるいは大学の3・4年次に照準をあわせて実践を開始した点である。その実践例を(レベル1)(レベル2)(レベル3)と順を追って紹介する。

2.1 「新聞のコラムを使った日本語の文章表現能力の向上に向けた取り組み」の具体的な授業実践方法(平成19年度改訂版)

【高専本科1,2年次/大学1年 導入編(レベル1)】「コラム」書写 (毎週15分間の実施)

通年、3単位で100分授業1コマと、50分授業1コマの週2回の授業を全学科配置している「文学Ⅰ・Ⅱ」のなかで「100分1コマ」。大学では「90分~100分」の時間の15分を使っての実践である。平成18年度の研究集会で紹介したものを新たに全文改訂した有明高専独自のテキスト『日本語文章表現法 演習レポート集2007年版』を全員に4月当初に持たせての授業実践である。

  1. まず、オリジナルテキスト演習課題のコラムを段落ごとに指名し朗読させる。(読みのチェックをする)
  2. 全文読み終えた後、再度コラムを各自で熟読する。
  3. 原稿用紙の使い方(横書き)に倣ってコラムの本文を指示されたように改行しながら書写する。これが、【演習1】である。
  4. 書写した一文の中で、意味のよく理解できなかった語句の下にアンダーラインと番号を付す。→授業中にやることはここまでである。
  5. 電子辞書や国語辞典を使って、語句の調査を下欄の【演習2】のところに完成させ、次回の授業の始めに提出することを課す。((持ち帰り課題))

【高専本科4年次/大学1,2年次/専攻科1,2年大学3,4年次導入編(レベル2)】「コラム」300字要約(90分~100分間の実施)

高専本科・専攻科・大学共に100分授業1コマ、週1回、半期15回で完結する自由選択科目として開講している。授業時間全てをこの演習に充当するやり方で授業を展開している。(但し15回のうちの導入5回を使っての実践である。)前述したオリジナルのテキスト『日本語文章表現法 演習レポート集2007年度版』を使うのは、(レベル1)と同様である。

まず、テキストの指示されたページのコラムを段落ごとに指名し、朗読させる。(読みのチェックをする)

  1. 全文読み終えた後、再度コラムを各自で熟読する。
  2. 300字詰め原稿用紙(ここでは縦書き)に要約できるように、ペンシルで課題文の核になる一文にアンダーラインを引かせる。
  3. このアンダーラインを引いたところを引用しながら、300字で要約文を「レポート」の右側の原稿用紙を使って作成する。30字程度の分量超過は可とする。

授業時間すべてをこの演習に当てるので、取り組む課題はコラム2課題とする。しかも((持ち帰り課題))とはせず、全て時間内に提出させる。毎回提出させる2つのコラムの要約文に対し、講義者である筆者が5段階評価を付し、筆者が事前に作成した300字の要約文を印刷したものを添えて次回までに返却することがこのレベルでの新たな工夫である。この「5」「4」「3」「2」「1」(「1」は原則として付けないようにしている)の評価のうち、「5」「4」を付けたレポートは、筆者の作成した300字の要約文を参考までに、左側の原稿用紙に糊付けさせることで完了とし、「3」「2」「1」をつけたレポートは再度持ち帰らせ、左側の原稿用紙に筆者の要約文を手書きで書写することを課す。(他人の要約文を書写することでまとめ方を会得させる狙いがある)この演習を5回ほどこなすと、大概の学生の場合、レポートの評価が「4」以上に落ち着いてくる。また、要約するのに必要とする時間も短くなってくる。本科4年次・大学1,2年次はこのレベルで終了する。専攻科1,2年次または大学3,4年次はこの段階に達したら、次の(レベル3)に進む。

【高専本科1,2年次/大学3,4年(レベル3 )】「社説」「論説文」に対する800~1000字の長文所感文作成(90分~100分間の実施)

オリジナルのテキストの中にある「社説文」「論説文」を読ませ、それに対する各自の所感文を「800字原稿用紙(A4版1枚)」に論述させる演習である。これは、100分で1課題が限界で、しかも時間内に提出できる学生は稀で、大半は((持ち帰り課題))となる。従って、課題の提出を次回の講義日の2日前までとし、それを厳守させている。また受講者の2~3名はPCデータで提出を求める。これを、筆者が次回の講義日までに個別に添削を施し、コメントを付した個人別成績表(【別資料1】参照)を返却する。PCデータはワープロソフトを使って編集し、赤色で添削加筆して答案を返却する時間の導入としてプロジェクターで投影し受講者全員で検討・学習をする。そして、講義日に返却されたレポートは、その場で受講者間で相互評価を行っている。その後個人面談を行い、評価できる点、改善点などを個別に指導する。そして、その添削の付されたレポートは、改めて「800字原稿用紙」に清書して、再提出を求める。これでこの演習は完結する。この「社説文」「論説文」の所感を求める演習は、3回を想定して実施している。今年度は「<遅咲き>に寛容な社会へ」(朝日新聞)「若者に絶望組と希望組」(朝日新聞)「使い捨て労働が常態化」(朝日新聞)の3課題に取り組んだ。

別資料2
【別資料1】

本章では、プレゼンテーションメソッドの一つ、「朝の挨拶20秒プレゼン」を紹介する。

3.1 位置づけ

プレゼン力を向上させるには、養うべき能力に焦点を絞ったメソッドを実施するのが効果的である。一般的な日本語運用能力や、プレゼンに特化した技術的なノウハウなど様々あるが、本メソッドは、ノウハウやテクニックを空虚なものとしないための土壌作りにあたる。その意味でもっとも基礎的なメソッドの一つである。したがって、高専本科から専攻科、大学、大学院まで、どの段階においても実践可能なものであるが、焼山・中森の共同研究においては、(レベル2・3)と位置づけている。[注2]

3.2 ねらい

このメソッドのねらいは「慣れ」である。齋藤孝は、コミュニケーションの場をA「プライベートな場」、B「半フォーマルな場」、C「パブリックな場」の三つに分け、「携帯やメールに代表される活発なコミュニケーションは、現在主にAの部分で行われている」こと、「Bでのコミュニケーション不全が最大のストレスの温床になっている」ことを指摘し、Bにおける対話力をつけることの重要性を述べている。[注3]プレゼンにおいても、半フォーマルな場でのトレーニングは非常に有効である。本メソッドも、1回の持ち時間を短くする(20秒)ことによって、数をこなし(週1回、1年間で約30回)、半フォーマルな場で話すことに慣れることを主なねらいとしている。具体的には以下の如くである。

  1. 半フォーマルな場で話すことに慣れ、抵抗感をなくす。
  2. 僅か20秒でも、一つのテーマを話せるという自信を持つ。
  3. 急に指名されたり、テーマを与えられても、慌てず、20秒くらいの話ならいつでもできるという自信を持つ。
  4. 友達の話を多く聞くことによって、「よいもの」と「悪いもの」を、身を以て体感する。
  5. 20秒の時間感覚を養う。
  6. 授業(内容)と日常生活を過ごす意識を相関させる。

3.3 実施要領

毎授業の開始時、「朝の挨拶」と「テーマ話」を全員が20秒で行う(午後の授業では「昼の挨拶」)。

教師はタイマーで時間を計測し、20秒でピコピコ鳴らす。

3.3.1 テーマ

テーマの与え方には①「自由」、②「当日その場で与える」、③「前回に与えておく」の3パターンある。少し説明する。

①「自由」は、当日その場で「今日のテーマは自由」と告げる。最近起こった印象深い出来事や、近々行うイベントの紹介など、何でもよい。

自由テーマの場合は、「自由」宣言の後、1分程度教師が話をする。その間に受講生は自分が何を話すかを考える。もちろん教師の話を受けた話でもよい(それがしやすい話をしておく)。これによって、人の話を聞きながら自分が話す内容を考えるという技術も鍛えられる。

初めは何を話していいか分からず戸惑う学生が多いが、少し慣れてくると、話を用意してくるようになる。そうなれば、既に日常生活での意識が変化していると考えてよい。さらに慣れてくると、その意識で日常を過ごしているので、具体的に話を用意してこなくても、その場で自分の日常生活を振り返り、話題を見つけられるようになる。

自由テーマは、急に指名されても、慌てずに話ができる心身を養うためのものである。究極の目標は、いつ何時話をすることになっても、自分は数秒あればそれなりの話ができるんだ、という自信(余裕)を持つことである。「パーティーなんかで急に指名されても、ゆっくりと立ち上がり、服装を正し、マイクを持つまでの間があれば、落ち着いて話を始められる自分になれたらすごいよね」などと、具体的なイメージを話しておくとよい。

②は当日その場でテーマを与える。①同様、テーマを与えた後、1~2分程度教師が話をする。これも最初は戸惑うが、「今日のテーマは、○○だ~!」などと遊び感覚でやっているうちに慣れてくる。初めはすぐ話せるようなテーマから始める。

③「前回に与えておく」は、授業内容に関することについて、日常生活で継続的な意識を持させることも同時にねらっている。これによって、授業内容と日常生活の意識を有機的に結びつける感覚を養うことができるからである。例えば「効果的な問い」が授業内容であれば、「この一週間で出会った有効な問い」「この一週間の日常生活の中で、かならず一回は有効な問いを発し、それについて報告する」等のテーマを与えておく。

実施にあたっては、この3つのパターンをうまく使い分け、変化をつける。

3.3.2 クラス

これを実践しているクラスは、全て75分×週1回。原則として30人以下の場合実施し(20秒×30人=10分)、それを越える場合は別のメソッドを用いる。

3.3.3 ルール

  1. 時間は守る(超過も不足もだめ)。
  2. 発表者は、自分の名前と挨拶の言葉(「おはようございます」等)を必ず入れる。
  3. 「何も考えてない」「話すことがないんですけど」などという無駄な前置き(言い訳)はしない。
  4. 聴き手は全員で、必ず挨拶を返す。
  5. 挨拶が終わったら、聴き手は必ず拍手をする。
  6. 挨拶、拍手は心を込めて行う。
  7. 教師も必ず参加する(教師が一番楽しむ)。

3.3.4 実施のコツ

まず一つめは、初めはハードルをかなり低く設定することである。朝の挨拶が元気よくできればもうそれで十分であり、それ以上出来れば「素晴らしいこと」だと考える。「授業だから」「もう少し上手く」などと教師が高望みすればするほど、このメソッドは失敗する。あくまで目的は「慣れ」であることを忘れない。

また、初めは、「失敗しても大丈夫」という雰囲気をつくることが重要である。何も話せなくても、名前と挨拶で5秒くらい使うので、15秒たてば開放される。失敗してもみんなで心をこめた拍手を送り、教師は一言簡単なアドバイスをしておけば、十分である。

二つめは、特に初めは、声の出し方や話の内容のまとめ方など、簡単なコツを教えながらやる。これも、高望みせず遊び感覚でやる。(私)「なんで私が今長々話していたか分かりますか~?みなさんが自分の話を考える時間をあげてたんですよ~。さあはじめましょう」、(学生)「ええー、それならそうと先に言ってよ~」といった具合である。次から学生は考えるようになる。

三つめは、よい話について、その「よい」感をクラスで共有しておく。その際、「○○くんの話は、芯があったから印象に残るよなあ」「わずか20秒であれだけの内容が話せるんですねえ。すごい」といった感想風に話し、長々と真面目に解説することは避ける。

四つめは、教師が学生との会話を楽しむ。挨拶も一番大きい声で心を込めてやり、「なるほど!」「へえー」などと相づちをうち、自分の話をきちんと受け止めてくれているという実感を、学生が持てるようにする。

五つめは、心を込めた挨拶や拍手の違いを実感させておく。1~2回やれば十分だが、教壇に立った1人に対し、全員が「ただ大きいだけの拍手」と、「心の中で『おめでとう』といいながらの祝福の拍手」をする。これが全く違うことをほとんどの学生は知らないが、実験するとほぼ全員が、「まったく違う」という実感を口にする。

最後に注意点としては、このメソッドがうまくいくと、クラスが非常に明るくなり、授業時の発言も活発になってゆく。教師と学生、学生同士が非常に仲良くなってくるので、半フォーマルな場がプライベートな場に近づいてしまう。そうならないためには、教師が適宜緊張感を与えたり、授業という半フォーマルな場であることを意識させるなど、適度な緊張感を維持する必要がある。

3.3.5 評価

私はやや緊張感を持たせるために、この挨拶も授業評価の基準としている。全体に対する割合は授業によって異なるが、これ自身の評価は、5段階とし、かなり甘めに評価している。

3.4 結果と効果

1年間続けると、学生の中に、半フォーマルな場で話すことに対する抵抗感がなくなってくるのがよく分かる。その時には日常生活での意識の持ち方も変化している。学内での招待講演会に参加した学生が、ものおじせず一番に質問をしたりする姿を見ると、このメソッドの効果を実感できる。

また挨拶に10分以上使っても、これが終わった時点で学生の心と体が温まっているので、授業の活気、進み具合が全く違う。単なる出席取りや簡単な導入話に5分使うのであれば、あと5分使うだけで、学生の心身感度が飛躍的にアップすることを考えると、授業理解という点においても非常に有効である。

なお、平成19年度の学生アンケートによる総合評価は、4.8(満点5)であった。



[編集] 出典 脚注
注1)『平成18年度高専教育講演論文集』pp.125-128
注2)(レベル1)のプレゼンテーションメソッドは、プレゼン用の心身を温めるいわばウオーミングアップにあたるものを開発しているが、それについては別の機会に紹介する。
注3)『ストレス知らずの対話術』,pp.22-25,PHP研究所,2003