新聞のコラムを使った日本語の文章表現能力の向上に向けた取り組み
焼山廣志
本稿は、勤務校である有明高専の本科5年間、専攻科2年間の7年間に亘る教育機関の中で、日本語の読解力、要約力、そして文章表現力習得させる為に、数年前より(今年度で4年目に入る)新たに取り組んでいる教科研究の一端を紹介することにある。それは、新聞のコラム・社説を教材に、独自のテキストを編集したものを使って、学生の習得年次に応じて、コラム前文の書写、300字の要約、150字の要約、10字以内のタイトルの創作といったものに、順次レベルアップをはかる方法である。専攻科の2年次の学習を最終到達目標と設定して実践しているものである。
この具体的な実践例の紹介の前に、この取り組みを始めたいきさつを述べる。
ここ数年、問題として提起したいことは、中学卒業時から本校に入学するそれまでの総合学力(ペーパーで分析できるような類)の低下といったレベルとは異なる学生一人ひとりの「国語(日本語)」という教科に対する取り組みの意欲の変化である。「外的変化」より「内的変化」とも言い換えられるようなものに近い。その端的なものが他者により書かれている文章や、他者の話の内容を客観的に受容する能力の低下である。これは、携帯電話などの普及による影響がまず想起される。ある情報を冷静に、客観的に把握することより、他者からの短いメッセージのような一文に即座の反応を求められるメール分のやり取りが日常の中でその一文にこめられた背景を汲み取るような心理的余裕はむしろ排除されるべきことである。逆に「直感的」「感覚的」に反応することを強要されるような文字媒体が幅を利かせている昨今では、本校の学生だけがそれに無縁とは考えられない。むしろ、その影響下にどっぷりと身を浸していると形容すべき事態かもしれない。
こうした状況下にある本校の学生に、今までに実践してきたような人前で自分の考え、感想を述べるというような授業スタイルでは、すぐに行き詰まることは火を見るより明らかである。そこで、上記したような状況の打破に一石を投じることの出来るような新たな実践をすることを5年ほど前から真剣に考え始めていた。その時期に本校に高校教諭を定年退職され、非常勤講師として出講をお願いした永島達雄氏より「コラムを使った日本語表現の授業」の取り組みを教示いただいた。まさしくそれは、筆者の模索している教育方法に合致したものだった。
それを、本校で実践に結びつける前に、筆者は上記したような学生を取り巻く日本語を運用する社会状況の下での改善策として、「他者により書かれたものを正確に把握する能力を習得させること」をまず第一目標に据えた。今の学生にとって「自分の考えを述べる」という以前の「他者の考えを正確につかむ」というトレーニングの必要性を痛感していたからである。
そこでまず、永島達雄氏の教示を得て、それに適した新聞の記事の収集から始めた。昨今のインターネットの普及の恩恵を得て、「新聞のコラム」を特集するサイトから「コラム」の文章に的を絞った。それは、①筆者がこの取り組みを実践するには、1、2年間という短期間完結のものより、「高専」という5年、もしくは7年という長い教育機関があることを利点と捕らえ、その長いスパンの中で学生の年次に応じた緩やかなレベルアップを図る方法が可能なことを生かし、低学年、できれば中学校を卒業してすぐの1年生からこの実践をしてみたいと考えた。とすれば、「社説」のような長文の論説文よりも、「800字から1000字以内」の「コラム」のような一文の方が取り組みやすいと思ったからである。しかも、②「コラム」は、その新聞社の顔ともいうべき力の入った時流を踏まえた文章が展開されていることもこれに踏み切った大きな要因である。
一方で、この「コラム」を教材として使用する上で留意したことがある。それは、この「コラム」の一文を収集、整理して一冊のテキストに編纂し、学生に持たせるには約一年間の準備期間を要すること(筆者は『日本語文章表現法 演習レポート集2004年』・『日本語文章表現法 演習レポート集2005年』・『日本語文章表現法 演習レポート集2006年』の三冊を出版してきたが、それは各々一年前の2003年、2004年、2005年中のコラムの集大成となっている)それは「コラム」の本領である「時流」を的確に掴んだ一文で書かれていることがマイナス要因になることを意味する。なぜなら、それはそのコラムを読むものに、そこに書かれている事象の背景を著者と共有していることが暗黙のうちに求められていることを意味するからである。つまり、こうした事象を背景にした内容の「コラム」を収集し、テキストに編纂しても、今の社会の事象を知ることにならない。これは別な見方をすれば、学生の興味を引き出すことにプラスにならないと考えた。そこで、「高専」という教育機関が「実践的技術者の養成」を唱っていることも加味して、意識的に今の社会事象をテーマにした「コラム」より、普遍性を持つテーマを題材にした一文や、科学をテーマにした一文を出来るだけ採取することに気を遣った。そうした「コラム」を30回実施することを想定したテキストを独自に編纂し、4月初旬に学生に持たせる取り組みをし始めて今年で4年目に入る。以上が、今から報告する教育実践例を取り組み始めたいきさつの大概である。
本校は、工学系の5学科を2人の専任で担当している。従って、開講科目数、時間数に比べてスタッフの数が必然的に不足してくる。これを、非常勤講師2名の支援で補っている。今回、実践報告をしている取り組みは、専任で担当している1年次、2年次、そして専攻科でのものである。以下、学年毎にその具体的な実践例を紹介する。
1年次(レベル1)(「コラム」書写)(隔週15分間の実施)
通年、3単位で100分授業1コマと、50分授業1コマの週2回の授業を全学科配置している。「文学Ⅰ」のなかで「50分1コマ」の時間の15分を使っての実践である。(平成18年度はテキストを持たせておらず、毎回、コラム記事(A4版一枚)ひとつと【別資料1】の「コラム演習レポート」を印刷して授業の開始とともに配布している。)
- まず、配布した新聞のコラムを段落ごとに指名し朗読させる。(読みのチェックをする)
- 全文読み終えた後、再度コラムを各自で熟読する。
- 原稿用紙の使い方(横書き)に倣って、コラムの本文を指示されたように改行しながら書写する。これが、【演習1】である。
- 書写した一文の中で、意味のよく理解できなかった語句の下にアンダーラインと番号を付す。
→授業中にやることはここまでである。 - 電子辞書や国語辞典を使って、語句の調査を下欄の【演習2】のところに完成させ、次回の授業の始めに提出することを課す。((持ち帰り課題))
2年次(レベル2)(「コラム」300字要約)(隔週15分間の実施)
通年2単位で100分授業1コマ、週1回を全クラス(本校は2年次のみ5学科の枠を外した5クラスの混合学級制を導入している)に配置している「文学Ⅱ」の中で、100分授業の始めの15分を使った取り組みである。前述したオリジナルのテキスト『日本語文章表現法 演習レポート集2006年』を全員に4月当初に持たせている。
- まず、テキストの指示されたページのコラムを段落ごとに指名し、朗読させる。(読みのチェックをする)
- 全文読み終えた後、再度コラムを各自で熟読する。
- 300字詰め原稿用紙(ここでは縦書き)に要約できるように、ペンシルで課題文の核になる一文にアンダーラインを引かせる。【別資料2】
→授業中にやることはここまでである。 - このアンダーラインを引いたところを引用しながら、300字で要約文を「レポート」の右側の原稿用紙を使って作成する。30字程度の分量超過は可とする。次の授業の始めに提出できるよう、自宅学習とする。((持ち帰り課題))
- 持ち帰り課題であった要約文を「レポート」の右側の原稿用紙に学生は仕上げてきているので、この「レポート」を回収する前に、前回、3.でアンダーラインを引いたところ(ペンシル)と、筆者が参考として紹介する箇所を色違いのマーカーで課題文の一文になぞらせ、比較をさせてみる。次に、筆者が独自に作成した300字要約文を口頭で読み上げ「レポート」の左側の原稿用紙に書き取らせる。(【別資料3】参照)その作業を終了させた後、レポートを回収し評価する。
→これで、1テーマの「コラム」の演習の作業を完結する。
専攻科(レベル3)(コラム300字要約・150字要約・10字以内のタイトルの創作/「社説」に対する所感文作成)
専攻科では、2年次に1単位で100分授業1コマ、週1回、後期15回で完結する3専攻共通自由選択科目として開講している。科目名は「日本語の表現技法」である。前述の「文学Ⅰ」「文学Ⅱ」と違って、100分全てをこの演習に充当するやり方で授業を展開している。受講者数は年次によってばらつきがあるが、平均して3.4名といった少人数であるため、筆者の研究室を演習室として使っている。前述したオリジナルのテキスト『日本語文章表現法 演習レポート集』を使うのは、(レベル1)(レベル2)と同様である。(レベル2)の1.、2.、3.までの手順で、同じように課題に取り組ませる。但し、100分をこの演習に当てるので、取り組む課題は2つのコラムとする。しかも((持ち帰り課題))とはせず、全て時間内に提出させる。(レベル2)と異なるところは、毎回提出させる2つのコラムの要約文に対し、講義者である筆者が5段階評価を付し、筆者が事前に作成した300字の要約文を印刷したものを添えて次回までに返却する点である。この「5」「4」「3」「2」「1」(1は原則として付けないようにしている)の評価のうち、「5」「4」を付けたレポートは、筆者の作成した300字の要約文を参考までに、左側の原稿用紙に切り取ったものを糊付けさせることで完了とし、「3」「2」「1」をつけたレポートは再度持ち帰らせ、左側の原稿用紙に筆者の要約文を手書きで書写することを課す。(他人の要約文を書写することでまとめ方を会得させる狙いがある)この演習を5回ほどこなすと、大概の専攻科の学生の場合、レポートの評価が「4」以上に落ち着いてくる。また、要約するのに必要とする時間も短くなってくる。この段階に達したら、次の(レベル3)に進む。
(レベル3<その1>)
(レベル2)で述べた1.~3.の手順を踏み、「300字の要約」「150字の要約」「10字以内のタイトルの創作」を2課題与える。(【別資料4】参照)5段階評価をするのは同じだが、「300字の要約」は無評価で、「150字の要約」「10字以内のタイトルの創作」にそれぞれ評価を付ける。そして次回に筆者の作成した要約文、及びタイトルを印刷したものを添えて返却する。専攻科生の返却されたレポートの事後処理の上記の上記の「300字の要約」と同様とする。これを5回こなす。(10回分のコラム)そして、(レベル3<その2>)に移る
(レベル3<その2>)
オリジナルのテキストの中にある「社説文」を読ませ、それに対する各自の所感文を「800字原稿用紙(A4版1枚)」に論述させる演習である。これは、100分で1課題が限界で、しかも時間内に提出できる学生は稀で、大半は((持ち帰り課題))となる。従って、課題の提出を次回の講義日の2日前までとし、それを厳守させている。これを、筆者が次回の講義日までに個別の添削を施し、コメントを付して返却する。そして、講義日に返却されたレポートは、その場で受講者間でお互いに相互評価を行っている。そして、その添削の付されたレポートは、改めて「800字原稿用紙」に清書して、再提出を求める。これでこの演習は完結する。この「社説文」の所感を求める演習は、5回を想定している。