高専における人文科学の総合化に関する一試論
―社会問題をテーマにしたスピーチの取り組み―
焼山廣志
拙著の中に3年前と2年前の本校1・2年対象に取りくんだ読書スピーチの経過報告をしたものがある。(「高専における国語教育の取りくみ―スピーチ実践を通しての読書指導の一試論―」高専教育第15号1992年2月)(「高専における国語教育の取りくみ―スピーチ実践を通しての読書指導<その2>―」国語フォーラムNO. 66夏季号 1992年6月)その中で次のように述べた。
「本校においては、国語は1年次で3単位、2年次2単位、3年次2単位、4年次1単位、5年次1単位の計9単位を常勤2名、非常勤3名の計5名で担当している。高専の中での国語という教科は、この単位数に限ってみても同年代の在籍する普通高校等に比して随分低い位置付けになっていることを認めざるを得ない。高専の教科改革が叫ばれて久しくなるが、国語においては教科内容、時間等を大幅に改善することは、他の優先される教科等との関わりもあって余り期待できないのが現状の様である。本校においても来年度から実施される新カリキュラムの改訂にむけて討議が続けられているが、現状の9単位を維持することが精一杯の状態である。こうした事態だからこそ、逆に高専としての独自性のある国語教育とは何かを今、根本から問い直さなければならない所に立たされていることを痛感する。限られた時間数の中で学生の国語に対する興味をどう引き出して行けばよいのか、まさしく教える側の真摯な姿勢が大きく問われている時でもある。」
その後本校では週休2日制が導入されて2年目に入った。新カリキュラムへの移行も順次進んでおり、そこでは、4年次・5年次の「国語」が「国文学」に科目変更された以外は現状維持で、5年間9単位という最低ラインは守られた。ところが週休2日制の導入により「国語・国文学」の科目は原則として2時間通しの100分授業に踏みきった為2年次以降は週1コマだけという事態が生じた。余程の教材の精選を行なわないと国語の学力定着を学生に期待すること自体が危うくなってきたのである。試行錯誤をする中で、このスピーチの取りくみは学生に比較的好意的に受け入れられているように思う。したがって低学年においては継続して後期の時間50分を使って毎週実施してきた。そして今年4月より4年次を対象に、低学年とは別の観点からスピーチを再導入している。今回はその経過報告の一端である。
別の観点とは何かを明らかにしなければならないがここに今年8月和歌山市で実施された「平成5年度高等専門学校教員研究集会(第二班)」に出席した折、報告・討議された内容に重複する事が多く、沼津高専から発刊された「高等専門学校における人文科学・社会科学の総合化に関する研究<平成4年度文部省教育方法等改善経費>中間報告書」(平成5年3月刊)の関連箇所を引用することによりそれに替えたい。
- 経過及び総合化の構想
- 経過
- プロジェクトの名称
高等専門学校における人文科学・社会科学の総合化に関する研究
- プロジェクトの概要
高専の教育に関して平成3年2月8日付大学審議会答申及び現場で教育に携わる教官から次のような点が指摘されている。
(中略)
- 一般科目については、独自の目的をもった高専制度の趣旨にふさわしい効果的な教育・内容が必要であるが、必ずしもそうしたものが確立されているとは言えない。
(中略)- 高専卒業生の大学編入学が増大し、平成4年から専攻科が設置されたとはいえ、卒業生の8割以上が就職することを考えると、高専の完成教育としての使命は決して軽減されたとは言えない。
- 高専の教育課程は従来から過密だとの指摘があったが学校5日制の導入とともに学生生活に余裕をもたせるための過密を解消して一層効果的な教育を行う必要がある。
本プロジェクトはこうした現状を踏まえて、人文社会・外国語系の教科の共同研究によって一般教養科目の充実を図ろうとするものである。
(前著 3頁より引用 / 下線は筆者)- 総合化の構想
(中略)総合化には、学生自身による総合化と、教師による教科指導上の総合化とがある。前者は、我々が目指すべき究極の教育目標であるが、そういう学力を培うための方法的手段が教師による教科指導上の総合化である。
この教師による教科指導上の総合化には、教科内総合化と教科間総合化と総合科目という三つの形態があり、(中略)この総合化の観念は、学問的体系というよりも教育効果を上げるために考え出された方法的・便宜的な手段であって、事象を有機的に関連づけてものごとの本質を理解するための教育的手法のことである。(中略)授業担当者は、目標にしたがって真に必要な教材の内容的価値を構造的に整備し、場に応じた授業戦略を企画できるようになり、学習者に興味をもたせた授業を展開することができるようになる。
(前著 11頁より引用 / 下線は筆者)
長い引用になったが、今年4月より4年電気工学科の「国文学」(100分)(前期のみ)の授業で開始したスピーチの再導入の意図するものは、積極的な教育改善プロジェクトを推進されている沼津高専の中間報告書の上述の波線部分と合致するように思う。私の取り組みは上記の分類に入れるとすれば「教科内総合化」の一例になるかと思う。沼津高専をチーフとしてなされているこの総合化のプロジェクトの取り組みとこの私の実践の一端を同列に論じること自体無理があるが一試論の提示として御批判を仰ぐしだいである。
このスピーチの導入前に下記のアンケートを実施した。集計してグラフ化したのが次である。(資料1)
対象:4年電気工学科39名
- 新聞について
- 毎日、新聞を読んでいますか ……〔資料A〕
- よく読んでいる
- 余り読んでいない
- 全く読まない
- 平均して日にどれくらいの時間を掛けて読んでいますか ……〔資料B〕
- 60分以上
- 30分以上60分以上
- 20分位
- 10分位
- 全く読まない日が多い
- 新聞のどの記事面を主に読みますか。上位3つを挙げて下さい ……〔資料C〕
- 政治
- 国際
- 社説・読書欄
- 経済
- 地方版
- スポーツ
- TV ラジオ番組
- その他
- 毎日、新聞を読んでいますか ……〔資料A〕
- TVについて
- TVを毎日みていますか ……〔資料D〕
- 毎日みる
- 余り観ない
- ほとんど観ない
- どんな番組をよくみますか。上位3つを挙げて下さい ……〔資料E〕
- スポーツ
- ドラマ
- ニュース
- 映画
- クイズ
- ドキュメント
- 音楽
- バラエティー
- 教育
- TVを毎日みていますか ……〔資料D〕
- 読書について
- 本を読むことが好きですか ……〔資料F〕
- 好きである
- どちらとも言えない
- 嫌いである
- この1ヶ月で何冊、本を読みましたか ……〔資料G〕
- 本を読むことが好きですか ……〔資料F〕
次にスピーチの実施要領について具体的に言及してみる。
この「社会問題スピーチ」の実施を思いたった理由は1章で既に公にされた報告論文の引用を通じて論じたつもりだが、直接的な実施の契機は、このスピーチ実践の対象とした4年電気工学科のクラス構成員の特質に因る所が大きい。
言い換えるならば2章で言及したアンケートの結果からも窺い知れるように、この4年電気工学科の学生が今の高専生の平均的な学生像と想像される事、しかも男子学生のみのクラスにも関わらず授業に対する取り組みが概して真面目でこのスピーチにも真摯な態度をみせてくれるであろうという期待がもてた事、更にはこのクラスには私自身一年生の時に「読書スピーチ」を全員を対象に実施した経緯があり、その時、学生からも比較的評判の良い反応を得ることが出来ていたからである。
本校の卒業生の大半が社会人となる現状を考えた時この「社会問題スピーチ」の導入は5年生になっての就職・大学編入試験の面接等で聞かれるであろう「社会に関する関心」を喚起させる意味で「読書スピーチ」以上に実践的で、しかも学生自身も自分の将来の切実なものとして取り組んでくれるのではないかという期待が一方であったからである。
- 発表内容は一人3分~5分間とした。2分間を割ったものは評価外にし、再度後日に発表させる。
- 社会問題スピーチのテーマにする新聞・雑誌等の記事の切り抜きをB5サイズの用紙に貼付して発表原稿と同時に指定日までに提出させる。(今回は4月21日から5月6日迄を作成期間として与えた。したがって発表のテーマそのものがその時点のものに限られる為発表順位が遅い学生にとってはタイムリィさに欠くという支障が生じたのは今後の反省点となる。また同テーマの記事は2人以内になるように事前指導をした。)
(記事の切り抜き例 資料2参照) - 発表原稿は指定日(上記2と同じ)に教師に提出し内容の助言・添削指導を受ける。(発表原稿の下書きとその添削例資料3上参照)その後それを踏まえて清書原稿を発表の時に提出するよう指示をする。(清書済み発表原稿例 資料3下参照)
- 発表時の評価は「時間」「音声」「内容」「感銘」の4点で行ない、「内容」「感銘」については各10点「時間」「音声」については各5点満点で採点するものとする。それに指定した日までに発表原稿・発表資料を提出したものは「原稿」点として5点を加味する。
次にこうした要領に従い実際の授業で展開する手順を以下に紹介する。
- スピーチをする順番を抽選で決めスピーチの発表原稿は指定日までに提出させる旨を学生に通知する。
- 教師は発表者全員分の「記事切り抜き原稿」を発表順に通し番号をつけ、全員に配布できるよう印刷を済ませる。
スピーチは100分の授業につき6人前後の発表者を指名する。発表をさせる前に発表者の「切り抜き原稿」及び「スピーチ感想文」(原稿用紙400字詰)(資料5左参照)を全員に配布する。発表者はスピーチのテーマと氏名を板書した後、発表に移る。教師はストップウォッチを持参し、時間の測定にかかると同時に「スピーチ個人別成績票」(資料4上・下参照)の中に「音声」「内容」「感銘」「時間」の4点で記入し始める。発表中に沈黙があった時は時間のカウントを中止する。全ての発表が済んだ後30分間程で今回のスピーチ中最も印象に残った発表者についての感想を前述の「スピーチ感想文」に記述させる(資料5右参照)
- 前載の「スピーチ個人別採点票」の「寸評」の欄に教師が記入して評価得点も記し次回に発表者個人毎に手渡せるようにする。(資料4下参照)
- 「スピーチ感想文」を回収したものを教師は1人ひとり文章に目を通し、表現力の向上につながるよう時間の許す限り、誤字・脱字・表現の不自然な所等を指摘する添削を施し、更に「字の丁寧さ」「表記・表現」「内容」を5点満点で全員分評価し次回に返却する。
返却された添削済の原稿は前期末の9月末にファイルにとじさせ各自で添削箇所を訂正したものを提出させた。
以上を総合評価して成績を出したのが(資料6)である。
スピーチを40点に換算し直し上述の「スピーチ感想文」を6回分合計して30点とし残りの30点を前期末の総括試験の成績(前述の「感想文レポート」の訂正文の提出分の評価も含む)で評価することにした。
この取り組みの総括については後日に再度試みる必要があるが、今回はその経過報告のみで筆を置く事にする。