小論文における適する表現・適さない表現について
―日本人学生と中国・韓国人留学生の文章から―
井上次夫

1. はじめに

 小論文とは論説文の一種であり、論説文は「社会事象、身辺生活の問題などについて、自分の意見、主張を根拠に基づいて論理的に述べ、読み手を説得する文章」(国語教育研究所編『国語教育研究大辞典』1988)である。小論文に書かれた言語表現にはさまざまな〈要改善〉タイプが存在する。それを日本人学生と外国人留学生の場合についてみると、両者に共通する部分がある一方、それぞれに特徴的な部分もある。
 そこで、本稿では問題のある言語表現を具体的に検討し、整理・分類を行う。このことは小論文における言語表現の効果的な指導改善に資するものと考える。

2.言語表現の判断基準

 小論文における言語表現上の問題とはどのようなものであるか。次の例をみよう。

(a) 沢山勉強してよい大学に入った=勝ち組、のような考えが浸透しているのだ。

 上の例では、①「沢山」は仮名に開くべきではないか。②また、それは「人より多く」「一生 懸命に」等に書き換えてはどうか。③「よい」は漢字に直すほうがよい。④また、内容から考え ると「偏差値が高い」「有名」等に書き換えてはどうか。⑤「入った」は「入学した」と書き換えたい。⑥等号「=」は使用せず、例えば「すなわち」や「が」等に書き換えてはどうか。⑦「勝ち組」にはかぎ括弧を付けたほうがよくないか。⑧また、その後の読点を「であるか」と書き換えてはどうか、のように指摘される。それを生かし、(a)は例えば次の(b)のように書き直すことができる。

(b) 人より多く勉強して偏差値が高い大学に入学した人、すなわち「勝ち組」であるかのような考えが浸透しているのだ。

 しかし、問題点として指摘されるものの中には修正が必須であるものと改善が好ましいものとが存在する。「修正が必須」とは〈正誤〉の判断に基づくものであり、「改善が好ましい」とは〈適否〉の判断に基づくのである。本稿では、そのような言語表現上の問題点を〈正誤基準〉に基づく〈修正タイプ〉と〈適否基準〉に基づく〈改善タイプ〉とに大別し、考察を進める。  

2.1 正誤基準

 ある言語表現について正誤の判断を行うためには根拠が必要である。例えば「自分の非」を「自分の否」、「生徒」を「生従」と書けば漢字の誤りであり、「連なる」を「連る」「連らなる」と書けば送り仮名の誤りである。それは、「常用漢字表(1981年内閣告示)」や「送り仮名の付け方(1983年内閣告示)」に照らし合わせて判断をしたのである。また、「学校原因にある」や「多いの国」などは日本語の語彙・文法の標準と照らし合わせて判断した結果、誤りなのである。このような〈正誤基準〉に基づく言語表現上の問題点は〈修正〉されなければならない。

2.2 適否基準

 すべての言語表現について常に〈正誤〉の判断ができるとは限らない。例えば「いろいろな問題」を「さまざまな問題」、「終る」を「終わる」と書き直さなければ誤りであろうか。前者は「口頭言語」と「書記言語」の「らしさ」の程度の問題であり、後者は「送り仮名の付け方」における「本則」と「許容」の問題である。すなわち、「いろいろな問題」や「終る」が誤りだというのではなく、「さまざまな」が「いろいろな」より書記言語らしく、「終わる」が本則であるために「終る」よりも小論文に多く使用され、小論文の言語表現として好ましいということなのである。このような〈適否基準〉に基づく言語表現の問題点は〈改善〉されることが望ましい。

3.言語表現上の問題点

 ここでは、日本人学生と外国人留学生が書いた小論文の言語表現について調査を実施し、その結果を観点別に示す。

3.1 調査概要

今回、調査対象としたのは小山高専3年生(2007年度電子制御工学科・建築学科の80人)が国語の授業で書いた小論文である。小論文のテーマは「日本の教育のあり方」「高専教育のあり方」とし、1,000字程度のまとまった内容を記している。また、宇都宮共和大学の中国・韓国人留学生(経済学部2年生~4年生の24人)が論文作成の授業で書き方の手順に従って書いた小論文の一部である。全体の分量は、高専生21人分・縦書き・20字×1,060行、留学生延べ35人分・横書き・20字×1,060行である。
 調査は学生の小論文を読みながら問題があると思われる言語表現を指摘した。その際、その表現がどのような観点から問題となるのかを考え、その観点項目を逐次立て、用例を採取した。例えば「韓国には52%に達しない。中国にはおよそ13%である。」は文脈上、「次に、韓国では50%に達しないまた、中国は13%にすぎない。」のように接続語「次に」「また」の不足、助詞「には」の誤り、語彙「に達しない」「にすぎない」の用法等を観点項目としたのである。

3.2 調査結果

 小論文における言語表現上の問題点の調査結果を表1に示す。表の「Ⅰ表記・文字・漢字」を見ると、高専生に23、留学生に18の問題点が指摘され、その判断は「常用漢字表」に基づくものであることが分かる。なお、問題点を数えるに際し、例えば、ある1つの誤字が1人に複数回見られた場合でも1と数え、その誤字が合計3人に見られた場合には3と数えた。

表1 小論文における言語表現上の問題点(一部)

Ⅰ 表記
観点項目
高専生
留学生
正誤基準
適否基準
備 考
文字
・漢字
23
18
常用漢字表
・仮名遣
1
0
現代仮名遣い
・表音
1
6
現代仮名遣い
・字体
2
0
常用漢字表(付)
・脱字
5
7
 
送り仮名
・過多
5
1
送り仮名の付け方
・過少
4
6
書き分け
・漢字/仮名
75
16
 
読点
・有り
14
3

くぎり符号の使い方
くり返し符号の使い方等

・無し
10
25
原稿用紙
・記号
9
2
・升目
1
6
文体
・敬体使用
2
5
 
Ⅱ 語彙
観点項目
高専生
留学生
正誤基準
適否基準
備 考
意味
・語句
24
57
 
・重言
3
2
 
・異語
0
7
 
・冗長
1
9
 
・外来語
11
0
表記は除く
口頭表現
・音変化
8
6
指示語を含む
・日常会話語
84
16
 
・語句不足
20
12
 
・内容不足
8
36
   
注釈
・挿入句
9
0
 
Ⅲ 文法
観点項目
高専生
留学生
正誤基準
適否基準
備 考
付属語
・助詞
12
85
 
文構造
・主述関係
9
23
 
・修飾関係
3
2
 
・語順
7
3
 
・単文
0
1
複文へ
・複文
1
0
単文へ
・文型
0
11
 
その他
・接続語
6
8
 
・呼応
0
8
  副詞
・反復
3
4
 

(注)正誤基準と適否基準の適用については、重きをなすほうに○、または●を付けた。
   観点項目の命名は、問題点としてある程度予測できる簡略な表現とした。

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4.問題点の考察

4.1. 問題点の特徴

 表1から高専生と留学生に見られる言語表現上の問題点の傾向・特徴を明らかにする。「Ⅰ表記」においてまず注目されるのは高専生の「漢字と仮名の書き分け」である。これは形式名詞や補助用言を漢字で書く、漢字表記すべきところを平仮名で書く等の問題点である。次に特徴的なのは「読点の有無」であり、留学生は必要な箇所で読点を打たない傾向が見られるのに対し、高専生は不必要な箇所で読点を打つ傾向が見られた。
 「Ⅱ語彙」において注目されるのは高専生の「口頭表現の使用」である。高専生は小論文において日常会話の語彙や省略表現等を多用する傾向がある。これに対し、留学生は「適切な語句選択」が不十分であり、限られた語彙、理解不足の語彙を使用するためか、読者にとって語句の意味が解しがたい、文意が取れない等の結果を招く傾向がある。
 「Ⅲ文法」においてまず注目されるのは留学生の「助詞の誤用」「主述のねじれ」「文型の誤用」等修正を必要とするものが多く見られた点である。一方、高専生には「助詞」「語順」等において改善を必要とするものが見られた。

4.2. 問題点の背景

 高専生は、表記では漢字と仮名の書き分け、送り仮名・読点・記号の多さ、語彙では類義語の選択、日常会話語・省略表現の多用等において問題がある。これらは多く適否基準により指摘される問題点である。その原因としては、国語科教育におけるコミュニケーション能力重視の傾向、言語表現以上に文章の内容面を重視する傾向が挙げられる。
 一方、外国人である留学生は、表記では仮名遣い、読点の不使用、升目の使用、語彙では語彙習得、語彙選択、内容の説明、文法面では助詞、構文・文型等において問題がある。これらは多く正誤基準により指摘される問題点であることから、調査対象者の日本語レベルが初級から中級程度であることを物語る。

5.まとめ

  小論文における言語表現指導の際には正誤基準と適否基準を併用する。日本人学生には特に漢字と仮名の書き分け能力、音声言語の書記言語への言い換え能力を習得させる指導を重視する。外国人留学生には初級段階で正誤基準に基づく問題点(特に助詞の誤用)を克服させる指導、中級段階では適否基準に基づく問題点を克服させる指導に重点を置く。

6.おわりに

 本稿では小論文の執筆、推敲段階で留意すべき言語表現上の問題点について取り上げ、整理・分類を試み、その傾向・特徴を分析した。今後、さらに用例調査を進めるとともに同一テーマで書かれた小論文を対象とする調査を実施し、分析を行いたい。

参考文献

1) 石黒圭(2004)『よくわかる文章表現の技術』Ⅰ、明治書院
2) 井上次夫(2007)「漢字から始める語彙の実践指導」『月刊国語教育』26-12、東京法令出版
3) 三省堂編集所(2005)『新しい国語表記ハンドブック』第5版、三省堂
4) 武部良明(1981)『日本語表記法の課題』三省堂