逆説の教育~「現場」が育てる「人間力」あるいはキャリア教育~


 2009年3月29日、2010年3月28日の朝日新聞に、「主要100社採用計画調査」が掲載されている。
図1(2009年) 図2(2010年)
 図1・2でまず注目すべきは、「コミュニケーション能力」が74社で2年連続の1位ということである。 記事本文でも、各企業が「人間」(人物)を見極めようとしていることが強調されている。 さらに図1からは、「行動力」もポイントが高いこと(51社)、図2からはその急増(71社)が読み取れる。 同様の傾向は他の調査でも見られる。 例えば図3は日本経済団体連合会の「新卒者採用に関するアンケート調査」である。
図3
 やはりここでも「コミュニケーション能力」が1位(7年連続)である。 そして07年以降「主体性」が上昇し(07年49.6%→08年51.6%→09年55.2%)、さらに10年は、60.6%と急増している。 これは何を意味しているのか。
 中森の考えでは、これは求められている「コミュニケーション能力」の質の変化を意味している。 従来は「スキルとしてのコミュニケーション能力」が求められていたが、 ここ数年はその前提となる、「コミュニケーション意欲」とでもいうべき、 積極的・主体的に他者と関わろうとする意欲そのものが深刻な問題となっていると考えられるのである。 これは普段学生と接している私たちの実感ともよく合うのではないだろうか。 だとすれば、高専~技科大においてコミュニケーション教育を考えるとき、 単にスキルだけではなく、「主体性」や「行動力」などを含んだ、 他者と関わる能力の総体としての「コミュニケーション能力」を考えなければならない。 [注1]


 このような考えに対して、高専卒生に求められているのは専門分野におけるコミュニケーション能力であって、 一般のそれではないと指摘を受けたことがある。[注2] しかし中森が行った卒業生へのヒアリング調査[注2]によれば、 高専や技科大の卒業生は専門分野におけるコミュニケーション能力は決して低くはなく、 専門から一歩外に出た領域でのコミュニケーションを苦手としているのである。 また、渡辺敦雄の企業へのヒアリング調査注3)や、 畑村学から存在を教えられた「高等専門学校のありかたに関する調査」 (平成18年3月、独立行政法人国立高等専門学校機構、調査実施:みずほ情報総研株式会社戦略コンサルティング部)を見ても、 企業が高専卒生に求めているのは、決して専門領域に限定されたコミュニケーション能力ではない。 後者の全体サマリーにはこう書かれている。
     高専卒業生の「専門知識」は評価されており、企業からの満足度は高く、採用意向も強いため、 基本的には現状の教育プログラムを維持していくべきである。 しかし、多くの卒業生が就職している大企業においては、 「専門知識」以上に「対人交渉力(コミュニケーション能力)」が期待されており、 学生の「コミュニケーション能力」を高めるための教育プログラムの導入が求められる。 (下線中森以下同)
 図4はその調査で報告された、「高専卒業生の優位能力、劣位能力」の結果である。
図4 (クリックで拡大)
 図4によると、他校(大学等)の卒業生と比べ、「専門知識」「誠実さ」「責任感」等において高専卒生は圧倒的な優位能力を示しているのに対し、 「コミュニケーション力」「リーダーシップ」「プレゼンテーション力」「協調性」「主体性」等は、圧倒的に劣っていることを示している。 これには次のようなコメントが付されている。
     逆に劣っている点では、リーダーシップ、コミュニケーション力をあげる声が多い。 自由意見でも 高専卒業生の対人交渉力の乏しさが指摘されており、人間との関わりの面で問題を抱えていることが考えられる。 (p.61)
      語学力や一般常識でも高専生は劣位とされており、専門知識の伝授を重視するあまり、人間性の部分がおろそかになっているのかもしれない。 (同)
 また同調査では、企業の規模別「高専卒業生の資質・能力に対する評価」も報告されている。 図5は1000人以上企業の調査結果である。
図5 (クリックで拡大)
 図5から、高専卒生の「専門知識」「誠実さ」「コンピュータ活用能力」「プレゼンテーション力」等が期待以上に評価されており、 逆に「コミュニケーション力」「行動力・実行力」「チャレンジ精神」等が企業の期待を下回っていることが分かる (この3つに関しては、期待度やその順位に違いはあるが、全ての規模の企業で期待を下回っている)。
 以上のことから何が言えるか。誤解を恐れずに言えば、高専卒業生は自分の持っている能力を十全に発揮できていないということである。 なぜなら「コミュニケーション力」や「行動力・実行力」こそ、専門知識を他者との関係の中で生かすために不可欠な能力だからである。 中森はこれを「人間力」と呼んでいる。
河合塾が行った「国立大学教養・共通教育調査」(2006~2008年)、 「初年次教育調査」(2009年)の中心メンバーであった友野伸一郎は、『対決!大学の教育力』(2010年 朝日新書)の中で、 「教養」を「自分の専門以外の人と協働できる、つまり『他者とコラボレーションする能力』」と定義している。
     要するに、人は社会で働くためには専門性を身につけていかなければならないけれど、 専門だけでは社会では役に立たないということです。 専門家が役に立つのは、その人が異分野の人と協働して何かを社会的に成し遂げるからなのです。 (p25)
 さらに友野は、この「専門性を発揮して世の中に役立つようになるため」の教養を「人間力」と呼び、具体的な要素として、 「問題発見・解決能力」「社会性形成と自己発見・自己理解力」「「幅広い見識や学際的視野」「倫理性・責任感」「コミュニケーション能力」をあげている。 この主張は、中森と基本的に同じである。 ただ友野が主張する「正課」教育に加え、中森は、高専~技科大においては、課外活動が非常に有効であると考えている。 それは、「人間力」が、友野のいうように「実践知」だからに他ならない。
 そこで日本の伝統的指導法である「徒弟制度」や、現代企業における実践例の研究を進める一方で、 プロジェクト[注1]において議論を重ねてきた。 その中で分かってきたのは、優れた「実践知」教育にはある共通点が存するということである。 それを一言でいうと、現在の学校教育で主流の「親切で丁寧な」指導法とはむしろ逆の、 「逆説の教育」とでも言うべき指導法の実践である。 例えば「徒弟制度」によって小川三夫等多くの優れた弟子を育てた、法隆寺宮大工棟梁西岡常一はこう述べている。 [注4]
     棟梁が弟子を育てるときにすることは、一緒に飯を食って一緒に生活し、見本を示すだけです。 道具を見てやり、研ぎ方を教え、こないやるんやというようなことは一切しませんのや。 「こないふうに削れるように研いでみなさい」とやって見せるだけですな。 (略)教わるほうは「もっとちゃんと教えんかい」、「これだけじゃ、できるわけないやろ」、「おれはまだ新入りで親方とは違うんじゃ」とかいろんなことが思い浮かびます。 しかし、親方がそういうんやからやってみよう、この方法ではあかん、こないしたらどうやろ、やっぱりあかん、どないしたらいいんや。 そうやってさまざまに悩みますやろし、そのなかで考えますな。 これが教育というもんやないんですかいな。 自分で考えて習得していくんです。 それを生徒がやっと考え出したときに「何やっとるねん、早ようせい。愚図やな」、「そんなときはこうや」、 こういって先生や親は考える芽を摘み取ってしまうんですな。(p73)
 今でも高度な技術力を誇る町工場では「徒弟制度」を採用している所が多いというし(塩野米松談)、 『丁稚のすすめ』(2009年 幻冬舎)の著者秋山利輝のように、「徒弟制度」の利点を説く企業経営者も多い。
 また一見「徒弟制度」とは対極的に見えるが、やはり逆説的な指導法によって成果を上げたのが、CDやAIBO等を開発した天外司朗である。 天外は自ら率いた開発チームを「燃える集団」と呼び、チクセントミハイの「フロー理論」によってそれを説明している。 [注5] フロー状態にある「燃える集団」は、メンバー自らが考え、意志決定し、やる気と幸福感に満ち溢れ、かつ優れた成果を出す集団である。 そこでのマネジメントは、組織をコントロールする指示や命令ではなく、感性にフィードバックする質問によって行われる。 それは、丁度自転車に手を離して乗っているが如く、危なくなったらすぐ手を出せるが、普段は手を離しているようなものだという。
 「徒弟制度」は手取足取り教えないからこそ、「燃える集団」は指示・命令をしないからこそ、弟子やメンバーが自ら学び成長し、大きな成果が上がるという、その逆説性において共通している。
 そしてこの逆説性は、中森を含めたプロジェクトメンバーの課外活動指導にも存するのである。 例えば「教師は(一々手を出さず)マネジメントに徹する」と言う三崎幸典は、 ロボコン大会出場、ロボット作製教室、高齢者対策、地域一体型創造教育(動く八朔人形やお茶サービスロボ制作)等数多くの実践を試み、 高専ロボコン全国大会優勝4回の他、ものづくり日本大賞内閣総理大臣賞等多数の賞を受賞するなど、大きな成果を上げている [注6]。 また「教師は出来るだけ手をかけない」と繰り返す三木功次郎も、サイエンス研究会を立ち上げ、 国際生物学オリンピック(銅メダル)、高校化学グランドコンテスト(最優秀賞等)、サイエンスボランティア活動(実験教室の開催等。ボランティア・スピリット・アワード(銀メダル)受賞)等、多くの成果を上げてきた [注7]。
 ここには、「手取足取り」とも「放任」とも違う、優れた「実践知」教育が存するのである。 これまでこのような「実践知」教育は、指導者個人の力量に還元され、共有されて来なかった。しかしこれらの実践から共通のメソッドが取り出せれば、 他の指導者にとって非常に有効であることは言うまでもない。今、「徒弟制度」や「燃える集団」を参考にしながら、メンバーの課外活動指導から「人間力」養成指導に使えるメソッドを取り出してみたい。
 活動がうまく回り出すまでは、教師は徹底的に手を出す。 しかしうまく回り出したら、手を離し、教師は出来るだけ手をかけない。 天外司朗がいう如く、自転車の手を離すように、離すのである。タイミング、離し方、その後の学生との距離感が重要である。

そのためには教師が「真面目で親切な教師」から脱却する必要がある。 「人間力」養成に大きな成果を出している活動ほど、教師も一緒になって楽しんでおり、遊んでいるように見えるのである。

 信頼関係が強ければ強いほど、学生は教師の熱意に敏感に反応する。 したがって先の自転車の比喩でいうと、何かあったらいつでもハンドルを持てるように、 手を離した後こそ、全体と学生一人一人の状態、環境等を十分気にかけておく必要がある。 その信頼感が非常に重要である。

 教師の役割は、環境作りに徹することである。いい環境を作り、教師が余計なことさえしなければ、学生は自ら学び、成長するのである。
 具体的には、課外活動団体の設立、先輩や他の指導者との関係作り、活動場所の確保と整備、その活動における基本的な考え方や心構え等をうまく作り上げるのである。
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 学生を育てるのは教師ではなく「現場」である。 普段の校内での活動も重要な現場になるようにし、さらに外部の大会、発表会、地域連携活動など、学外に「現場」を用意してやることが有効である。 学外の「現場」は学生を飛躍的に成長させる(課外活動が有効な理由の一つもここにある)。

 「仕組み」作りは、マネジメントにおいて不可欠である。課外活動でいうと、先輩や他の指導者、地域社会を巻き込んだ形で、基本的に学生たちだけでその活動がうまく回る「仕組み」を作る。
 三崎や三木のように、同時に複数の活動を実践して成果を上げている教師は、この「仕組み」作りが非常に卓越しているのである。

 外部からの評価は、学生のモチベーションを上げる重要な要素である。 大会での優勝や賞の受賞はもちろん、地域活動における感謝の言葉や笑顔も重要な外部評価である。 先に述べた「仕組み」を、外部と繋がる形で作るのが非常に有効である。

 おおよそ以上が「逆説のメソッド」である。先にも述べたように、これは真面目に手取足取り学生を指導するという「親切で丁寧な」指導法とは全く異なるメソッドである。 しかし少なくとも「人間力」のような「実践知」の教育においては、非常に有効なメソッドなのである。
 本稿で述べた「逆説のメソッド」が誰にでも使える有効なメソッドとなるためには、更に洗練、深化させ、このメソッドを意識的に用いた実践の成果を示す必要がある。 それについては今後の課題としたいが、ここではその成果の一端として、中森の実践の現状を報告しておきたい。
 武道部における中森の「人間力」養成指導の一端は既に報告してあるが[注8]、 例えば部全体の運営(創部9年め)や演武会の運営(6年め)に関して、卒業生や先輩を含めた「仕組み」が出来ており、 現在はほとんど中森の手を離れている。 特に毎年一般市民が200名程来場する演武会は、武道部にとって大きな行事であり、その運営には、各種メディア・周辺店舗・企業・招待演武者等といった外部との交渉が多くあるが、 3年めくらいから手を離し始め、6年めの今年は、完全に学生だけで回せるようになっている。 するとそれにつれて、学生が自分たちで新しいアイデアを出したり、更なる外部とのネットワークを構築してくるようになってきた。 またその活動を通じて、礼儀や外部との交渉等がほとんど出来なかった新入部員が、先輩と一緒に行動することによって出来るようになり、 今度は自分が翌年の新入部員にそれを伝授出来るようになっている。「コミュニケーション能力」「主体性」「行動力」といった「人間力」を養成する「現場」と「仕組み」が構築されたのである。 これらを通して身に付けた「人間力」を卒業生が就職先で発揮していることについては、 プロジェクトのHPでも紹介しているが、さらに彼(女)らが卒業後社会で学んだ「人間力」を学生に伝えるという好循環も生まれているのである。
[編集] 出典 脚注
注1)その考えのもと、2007年度から豊橋技科大高専連携教育研究プロジェクトを開始した。
  1. (1) 「技術者教育としての課外活動の可能性の提示と「人間力」養成メソッドの開発」。 メンバーは、渡辺敦雄(沼津高専)、三木功次郎(奈良高専)、三崎幸典(高松高専)、 山田誠(函館高専)、岩﨑洋平(八代高専)、江本晃美(福井高専)、松田安隆(明石高専)、高橋利幸(都城高専)。
    技術者教育としての課外活動の可能性の提示と「人間力」養成メソッドの開発
  2. (2) 「技術者教育における日本語コミュニケーション能力向上メソッドの開発とデータベース化」。 メンバーは、焼山廣志(有明高専)、畑村学(宇部高専)、井上次夫(小山高専)、柴田美由紀(小山高専)。鍵本有理(奈良高専)。
    技術者のための日本語コミュニケーション教育 | 豊橋技術科学大学高専連携教育研究プロジェクト
注2)中森「自分を生かせる技術者へ」(高専・技科大・技術者教育連続化プロジェクト研究会、2009年11月27日、於豊橋技科大)の発表と質疑応答。
注3)注1)(1) の第2回全体会議報告(2010年2月7・8日 於:沼津高専)。
注4)『木のいのち 木のこころ』(2005年 新潮文庫)
注5)『マネジメント革命』(2006年 講談社) 
注6)三崎幸典他「現代GPによる新しい地域連携の推進」(平成21年度高専教育講演論文集)。
注7)三木功次郎他「高専生の国際科学オリンピックへの挑戦とその教育的効果」(平成21年度高等教育講演論文集)等。
注8)「技術者教育としての課外活動の可能性~武道部メソッドの試み」(平成20年度高等教育講演論文集)、 「メタメッセージを如何に伝えるか:武道部メソッド~技術者教育としての課外活動の可能性~」(平成21年度高等教育講演論文集)、 「「人間力」養成の試み~日本語コミュニケーション教育と課外活動指導~」(日本高専学会第15回年会講演会講演論文集)等。