技術者育成のための人柄教育



 一般社会において,ものづくりは,多くの人との関わりをもって実現される。そのため,学校における技術者教育に期待されることは,技術者としての教養となる基礎的知識の修得と人柄の育成である。そこで,本研究において技術者教育における知識(技術)教育と人柄教育とを効果的に行うための課外活動の位置づけについて,種々の活動を通して考察した。その結果,技術者としての知識においては,体験に裏付けられた知識・技術が要求されていることを,人柄としては,意欲とコミュニケーション能力とが特に要求されていることが明確になり,それらは,課外活動を通して効果的に実現されることを示す。


 ものづくりは,一般的に図1に示すように流れる。
図1 ものづくりの流れ

 人間の「思考空間(脳)」において想像・創造され,ある製品のイメージが出力される。それを具現化する作業が設計であり,「図面空間(モデル空間,計算機空間)」での作業となる。この工程において,イメージから形状・機能の推敲がなされる。その結果として,図面およびCADモデルが出力される。その図面あるいはCADモデルから「実空間」において実体となる製品が製造される。この流れを骨格とし,さらに,市場において製品が検証・評価され,その評価値が思考空間での創造工程あるいは,研究開発工程にフィードバックされる。このようなサイクルによりものづくりが行われている。
 ものづくりのどの工程においても技術者が関係している中で,その多くは,一人ではなく多人数での協調作業となる。それ故,技術者を育成するための学校教育においても,人との関わりを重要視する必要がある。


 学生に要求される能力としては,「基礎的学力」,「コミュニケーション能力」,「協調性」,「主体性」,「チャレンジ精神」,「誠実性」,「責任感」,「元気」,「エネルギッシュ」などがあげられており,これらが望まれる人材像である。これらを総合すると,「人柄が良い,優秀な技術者」[注1]と言える。
 「優秀な技術者」とは,基礎的な知識・技術を有し,考える力がある者を指す。一方,「人柄が良い技技術者」とは,人とのコミュニケーション能力があり,物事に対する意欲を持っている者である。この両方を育成するための教育が要求されることになる。したがって,知識・技術を効果的に獲得するための「知識教育」と,人柄を育成するための「人柄教育」とが必要となる。
 この本物の知識は本来,体験を通して得ることができる。しかし,現在の初等・中等教育においては,この体験型学習が減り,受験対策の教科書知識の詰め込みとなっている[注2] 。その意味において,高専における実験・実習を通した体験型授業は大きな意味をもち,成果をあげているといえる。


 人柄教育において,コミュニケーション能力には,お互いの考えをぶつけ合い議論する力,物事を冷静に観察し判断する力,および,リーダーシップをとり指導する力が含まれている。また,意欲が生まれるのは,さまざまな経験を通して,実行できたときの達成感から,あるいは,失敗体験による敗北感から生まれるものである。さらに,人間は得た情報を短期的に記憶し,それを身につけるためには,いろいろな形で表現することが重要である。その表現知能は,後ろ向きの姿勢では身につかず,前向きな姿勢が重要であるといわれている[注3]。これは,人間の脳内の情報伝達機能は,視覚・聴覚から得られた情報が短期記憶中枢である海馬回からの情報に,種々の感情が組み込まれ初めてものごとを考える前頭連合野へ情報が伝わるということから,そのように考えられている。
 したがって,これらを包括的に体験できるのは,学生の能動的な活動である課外活動であり,それが人柄教育の実践において有効であるといえる。
 その結果,技術者としての知識においては,体験に裏付けられた知識・技術が要求されていることを,人柄としては,意欲とコミュニケーション能力とが特に要求されていることを示し,課外活動を通してそれらを効果的に実現できるという結論に達した。


 課外活動の有効性を認識したため,その有効性を授業に反映させ実践している[注4],[注5]。函館高専機械工学科の創造演習Ⅱ・Ⅲでは,2年生2名と3年生2名の計4名でチームを構成し,与えられた課題あるいは自ら設定した課題を実現するためのミニロボットを製作するという内容で,構想設計から加工,組立,調整といった一連のものづくりを体験するカリキュラムとなっている(図2)。
図2 創造演習競技風景

 この授業の中で,異学年が同一チームとなることで,自然な役割分担ができる。即ち,3年生は,リーダーあるいはサブリーダーとしての立場となり,目標を達成すべく必死に取り組むことになる。また,2年生は,指示待ちの状態となり冷静に観察できる環境となる。次年度は,2年生は3年生となるため,経験を生かして活動できることになる。
 この授業を通してある面では楽しみながら種々の経験をし,達成感あるいは敗北感を味わうこととなる。そして,今の自分が出来ること,出来ないことを認識し,そこから意欲がうまれ,さらに興味を持って取り組むことができるという良い循環がうまれてくる。さらに,異学年との共同作業や議論を通して,創造力,コミュニケーション能力が育成されている。


 課外活動は,前述の通り,学生の能動的な活動であり,それによりリーダーシップ,対人マナー,時間の有効利用,生活目標の設定などが向上するという報告もされている[注6]。自身の取り組みとしては,硬式野球部の指導教員として21年間,メカニズムフェスティバル(函館市民特に子供を対象とした行事)の開催を10年間,継続している。そのほか,ロボコン,3次元造形コンテスト,ビジネスフロンティアカップ(函館市主催の行事)など種々の行事への参加を通して,学生の人柄教育を実践している。これらの活動において,実施計画立案と実行,目標遂行,チームメイトとの交流,指導者や他チーム等との関わりができ,目標遂行能力,プレッシャー対処能力,対人能力,集団行動能力などが向上している。その準備から実施によって,学生がいろいろなことへ挑戦する前向きの姿勢を身につけることとなる。


 技術者教育としては,知識(技術)教育と人柄教育とが必要であり,教員がそれらを識別して実践することが重要である。知識教育としては,体験に裏付けられた知識獲得が重要であり,これは,実験・実習・行事などにより培われる。一方,人柄教育としては,様々な体験行為を通した人との関わりにより,コミュニケーション能力が養われ,その中で意欲向上も図られる。そして,その前向きの姿勢が知識の獲得にも有効な働きをすることになる。したがって,課外活動を推進することにより,学生の意欲向上を促すことができ,そのような前進的な循環を生み出すことが期待できる。




参考文献
注1) 二橋岩雄:「技術者教育への期待」第1回高専における設計教育高度化のための産学連携ワークショップ特別講演
注2) 鈴木誠:「初年時教育の新展開」キャンパスコンソーシアム函館戦略的大学連携シンポジウム2009」講演資料集 (2008)
注3) 林成之:「勝負脳の鍛え方」講談社現代新書
注4) 山田誠,本村真治,近藤司,浜克己:「異学年・科目間連携型創生教育の実践{第2報}」,平成19年度精密工学会北海道支部学術講演会講演論文集
注5) 本村真治 山田 誠 古俣和直 川上健作 近藤 司 川合政人函館高専機械工学科における創生教育の取り組み(第2報)国立高等専門学校協会 高専教育 29 (2006) pp.249-254
注6) 浦田清:「本校学生のライフスキルについて」函館工業高等専門学校紀要