技術者教育としての課外活動の可能性~武道部メソッドの試み~


 高専や技科大には、一般の高校や大学とはまた違った課外活動の可能性があると思う。技術者という「人間」教育である。そして近年の学生の質の変化を考えたとき、これまで以上にその意味は大きいのではないだろうか。
 他大学から来て頂いている非常勤講師の先生方が口を揃えておっしゃるのは、技科大生は非常に真面目であるが、大人しいということである。私自身も普段接していて、やはり、真面目だが、自己や他者に対する開放感、活気があまりない学生が多いように思う。おそらく高専生も似たような特徴をもっているのではないだろうか。  もちろんそれは、技術者を目指す学生にとって必ずしも良いことではない。日本経済団体連合会の「新卒者採用に関するアンケート調査」によると、採用選考時に重視する要素の第1位は5年連続で「コミュニケーション能力」であり、2007年度は79.5%、第2位が「協調性」(53.0%)、以下、「主体性」「チャレンジ精神」「誠実性」「責任感」と続く。[注1]もちろんこれは技術者に特化したアンケートではないが、それでもこれらが技術者にとって重要であることは間違いないだろう。なぜなら、このような能力が欠けている技術者が、最先端の技術を生み出したり、他者と一緒に有意義な仕事ができるはずがないからである。技術者教育は、専門の知識や技術を身に付けさせるだけでなく、それを他者との関係の中でうまく生かし、発展させる能力養成をも含んでいなければならない。その意味で、私たちが育てなければならないのは、技術者という「人間」なのである。
 では私たち技科大や高専の教員は、それを一体どこで教育するのか。もちろん授業や研究室の指導でそれを行っているが、「実践」という点で限界がある。だがこのような能力養成には、その実践こそが重要なのである。そのように考えたとき、技術者という人間を育てる場として、課外活動には非常に大きな可能性があるのではないだろうか。 本稿では2001年11月に私が創部した武道部での試みを紹介し、技術者教育としての課外活動の可能性を考える契機としたい。
 おそらく似たようなことは、多くの課外活動指導において行われているだろう。それを敢えて紹介するのは、それぞれの課外活動指導で行われている優れた取り組みから共通の原理を取り出し、そこから逆に、どの課外活動でも使用可能なメソッドを作り出せないかと考えているからである。  課外活動は学生生活を充実させるための余暇であるという見方もあろうが、しかし近年の学生の質、技術者という人間に求められる能力、それをどこで教育するかを考えたとき、課外活動という場は、非常に大きな可能性を持っているはずだ。


 武道部では、剛柔流空手道と古武道の稽古を通して、学生が自分自身を成長させることを目標としている。空手の技術だけでなく、(1)自分や他者に対する洞察力や気遣い、(2)コミュニケーション力、(3)自己管理力、(4)企画力、計画力、実行力などが身につくことを目指しているのである。
 もともと武道は、嘉納治五郎が「心身最有効使用道」と定義したように[注3]、自分を成長させ、自分の能力を最大限に発揮するための心身の修行を本質とするものである。幸いなことに、高専出身者がほとんどである技科大生は、真面目で向上心の強い学生が多い。これは彼(女)らのよい面である。高専生=技科大生は修行好きなのだ。その証拠に、毎年多数の新入部員が入部してくる(ほとんどが初心者)。参考までに年度ごとの新入部員数を表で示す。

01年度

02年度

03年度

04年度

05年度

06年度

11人

26人

24人

21人

14人

16人



 武道は、今述べたように、その人の能力を発揮するための最も基礎的(根元的)な心身操作法であり、比喩的に言えば、コンピュータのOSだと私は考えている。その武道的心身というOSの上で、日常生活や勉強や遊びや研究や仕事といった分野別のソフトを動かすのである。武道の修行は、そのOSをバージョンアップしてゆくことであり、その精度が上がると、より高度なソフトも動く、すなわち研究や仕事の質が向上し、ひいては人生の質も上がる。
武道部ではそのような武道を修行しているという共通認識を部員は持っている。したがって、様々な場面で、武道部員なら出来て当たり前という基準を設定してある。それを武道部メソッドという。
 それらは武道の心身を私なりに具現化し、日常生活で生かせるように考案したものであるが、決して特異なものではなく、むしろ社会人として当たり前のことがほとんどである。また、ただのルールのようなものも含まれている。それらを大仰に武道部メソッドと呼んでいるのは、武道部員であるという自覚とアイデンティティー、そして誇りを持たせるための遊び心である。


 武道部の通常稽古は週2回である。毎回私が指導し、卒業生や黒帯の上級生が適宜補助をする。通常の稽古以外には、読書感想文やレポートの提出(必ずコメントを付して返却)、コンパの幹事や委員会などの役割分担、食事会などでの全員スピーチなどもある。また2007年から「ぐーたら手帳計画」と称して、計画の立て方、スケジューリング、時間(自己)管理の方法なども指導している。
 さらに言えば、日常生活、勉強や研究、アルバイトでさえも、武道の稽古と位置づけている。例えば学会発表であっても、「武道部員は武道部員らしい学会発表をしなければならない」ことになっているのである。もちろん遊び心半分である。


 武道部メソッドには、様々なレベルのものがあるが、本稿ではどの課外活動でも出来るものをいくつか紹介したい。これらは社会人としてごく常識的なものであるが、はじめから実践できる学生はほとんどいないものである。

 そのままである。お世話になったとき、武道部員は3度お礼を言うことになっている。例えば私と学生たちがどこかに出かけ食事もご馳走したとする。(1)その場でお礼を言い、(2)家に着いた時、無事帰宅した報告とお礼を言い(メール可)、(3)次に会った時、またお礼を言うのである。これは一昔前の家庭ではどこでも行われていたことであり、ほとんどの学生が、自分の親がそうしている場面を見たことがあると言う。しかし(2)(3)を実践している学生はほとんどいない。そこで(2)は、自分の無事を心配してくれている相手に対する気遣いであること、(3)はそのこと自体が終わった後も最後まで心を切らない、武道でいう「残心」にあたるものであることを説明し、実践させている。その際、こういうことは始めは難しいが、慣れれば自然と出来るようになり、さらにはそれをしないと逆に気持ち悪くなる「歯磨き」のようなものだと説明している。

  ほとんどの学生は慣れると自然に出来るようになる。例えば卒業生が、「武道部で普通にやってたことを褒められて驚きました」と報告してきた。彼は、入社前研修を受けて帰ったら、お礼のメールを出すなど、武道部でいつもやっていたことをここでもやっていたのである。その事がその次の研修で紹介され、さらには会社の記念式典で、内定者代表として全社員1000人ほどの前でスピーチすることになったという。

 これは武道の「残心」にあたるもので、重要な武道部メソッドの一つである。先の(2)(3)もそうだし、例えば、夜に車で友達をアパートまで送った部員は、部屋の明かりが付いて無事を確認するまで去らない。逆に誰かを見送る時には、姿(や車)が見えなくなるまで見送る等である。
 また最近の学生が苦手な事後処理や引継もこれに含まれるが、それについては後述する。


 学会の懇親会などで、最近の大学生がコンパのやり方を知らないと嘆く先生の話を随分前から耳にするようになった。曰く、「ゼミコンパで挨拶の心づもりをしていたら、いきなり幹事が『ビール入りましたか?それでは乾杯~』と言ってみんな飲み始めた」。曰く、「学生が先に日程を決めてきて、教員の都合は聞かない」等々。
 武道部では全員が幹事を持ち回りでやる。幹事の指導は前回の幹事の役目であり、幹事予定者は、必ず前回の幹事補助をする。その際、(1)幹事の役割と心得、(2)実際の仕事、(3)前の幹事の心遣いや動きを、よく見て学んでおかなければならない。
 なお武道部では、幹事以外にも種々の行事で、全員が何らかの役を担当することになっており、主体性や責任感が身につくようにしている。


 武道部では、前任者が責任をもって後任者に仕事を教える。その際、 【メソッド5】前任者は引き継ぎを確実にやる 【メソッド6】後任者は自分の工夫を加える
 学生は引き継ぎが非常に苦手である。一つの行事が終わったらすぐに心が切れてしまうのだ。だから武道部では、事後処理、引き継ぎまでを含めた計画表を作成することにしている。何も言わないと、ほとんどの学生は、イベント当日までしか日付のない計画表を作成してしまうのである。
 引き継ぎについては、前任者は、 (1)準備に必要な事項、スケジュールなど、やるべきことを全て文書にする。
(2)(1)での注意点、問題点、改善すべき点などを明確にする(これも文書)。
(3)文書と口頭できちんと次の担当者に引き継ぐ。
 また後任者は「前任者がやらなかったことを必ず一つは自分の工夫として入れる」ことになっている。マニュアル人間にならないためだ。


 武道部の特徴の一つに、通常の稽古やコンパなどに卒業生が常時参加していることが挙げられる。そして折りに触れて、会社での経験を学生に話し、アドバイスも与えてくれる。
 例えば下図は、新歓用のビラである。左は、広報担当が作成したもの。限界まで苦労し、これがVer.9。それに卒業生がアドバイスをし、最終的に右になった。もっと早い段階でアドバイスすることも出来たが、それでは学びが浅くなる。武道部メソッドでは、時間と苦労を惜しまないことも非常に大切である。


 武道部では、何かにつけ人前で話させるようにしている。例えば、コンパでは毎回必ず全員が「一人一言」という数分のスピーチをする。何時間もかかる時もあるが、必ずやる。これは級や段が下の者から行い、上級(段)になるにつれて質を上げなければならないルールになっている。しかも程度の低いスピーチをすると先輩たちから「指導」が入る。部員にとってはかなりのプレッシャーだが、部員の後には卒業生が話し、最後に私が話すことで、プレッシャーを共有している。
 これを卒業まで何度も経験するので、「一人一言に比べたら、就職活動の面接なんて楽勝だった」という部員も出てくるくらいである。
 その他にも、「お金はお釣りのないように持って行く」「挨拶は自分から先にする」「体育館、武道場の掃除をする」「脱いだ靴を揃える」「欠席・遅刻の連絡を忘れない」「新歓は他人の心を読み、動かす修行であると心得よ」等々、武道部メソッドは細かいものだけでもたくさんある。もちろん本稿では紹介していないが、武道に特有のこともある。そしてそれらを集大成する場が演武会である。


 武道部では、2005年から、年1回演武会を開催している。豊橋市民文化会館で行い、例年200~300人の方にご来場頂いている。これは武道部の地域貢献の一環であるが[4.1 実行委員会
 実行委員長、副委員長を各1名置き、その下に会計、広報、企画等の班に分け、全部員がどこかに所属する。つまり、全員が実行委員会のメンバーである。また相談役として卒業生も加わる。原則として実行委員長は学部生、各班のリーダーは院生が務める。また副委員長、副リーダーが翌年の委員長、リーダーになる。もちろん私も常時アドバイスをし、武道部一丸となって開催する。


 広報活動には、後援依頼、プログラムへの広告掲載のお願い(企業)、ポスター貼りのお願い(お店)、チラシ配り(お店)、ケーブルTV出演、ラジオ出演、雑誌記事執筆(演武会予告)、新聞社への連絡(取材依頼)などがある。これらは全て外部の方とのコミュニケーションになるので、非常に鍛えられる。部員たちにも、ここで自分たちのコミュニケーション能力が試され、鍛えられることを明確に意識させ、かつその準備を十分にしておく必要がある。
 また、事後処理も重要である。「ポスター等は翌日には全て撤去せよ」「お礼回りを忘れるな」「報告書をきちんと作成せよ」などを徹底している。


 本稿で紹介したものだけを見ると、武道部はさぞ堅苦しく窮屈な部だと思われるかもしれない。またルールさえ守っていればいいというマニュアル人間になるという危惧も抱かれるかもしれない。しかし実際は全く逆である。みんな仲良く、部全体が明るく楽しい雰囲気を持っており、個々人も自分の頭と感性で行動できる人間を目指そうとしている。もちろんそのために、必要な注意を払っている。
 基本的には、メソッドを押しつけるのではなく、それが出来ることを「あこがれ」として部員が共有できるようにしている。そのために、様々な分野の達人や名人の話もよくするし、メソッドの意味を理解させるため、一つ一つを武道の心身と相関させて説明する。そうしているうちに、部員の間に、武道部員であることの誇りが生まれてくる。
 もちろんうまく行かないことも多い。しかし、根気よく指導し、部員たちと十分なコミュニケーションをとれば、それほど心配はいらない。私たち教師自身のコミュニケーション能力が鍛えられているのだと思えば、むしろ楽しい。
 「誇り」「あこがれ」「楽しさ」が部内で共有できていれば、多少口うるさいことを言っても問題は生じないし、部員がマニュアル人間化することもないのである。


  武道部メソッドの成果は、先に述べたように就職先の企業から評価されたり、演武会などを通しての外部の方の信頼を高めることに繋がっているが、何より部員自身が自己の成長を実感できることにある。具体的に言えば、コミュニケーション能力、企画力、計画力、実行力、協調性、自己管理力、リーダーシップ、責任感などであるが、それらが総合的に鍛えられ、そのことによって自信が生まれてくる。何より大きいのは、部員が自分自身と自分の可能性を信じられるようになるのである。「やればできるんだ」という自信とそれを実現するためのノウハウ(メソッド)が身に付くこと。これが最大の成果である。
 就職活動の面接において、武道部での経験を話している部員も多いようだし、就職後も武道部の稽古や行事に参加する卒業生も多い。彼らと話していると、武道部を愛し、自分が武道部員であることを誇りに思っていることがよく伝わってくる。武道部の合い言葉は、「我ら! 武道部」である。


 本稿は、武道部メソッドが、他の課外活動にはない特異なものであることを述べたものではない。逆に、運動部、文化部を問わず、似たような試みが多数行われていると思われるものを紹介した。もちろんそれには理由がある。私は、現在個別に行われている多くの優れた取り組みから、共通原理を取り出し、そこから技術者教育としての課外活動指導の普遍的なメソッドを作り出す可能性を提案したいのである。
 技科大では、高度な技術者を育成するため、豊かな感受性、多様な価値観、多元的な思考力等を養うための教養教育を実施している。それらは正課として、技術者という「人間」を育てるためのものであるが、課外活動は文字通り、「課」外活動として、それらを実践する場である。その意味で、課外活動の場というのは、技術者という人間教育にとって、非常に大きい可能性をもっているのではないだろうか。

[編集] 出典 脚注
注1)  2位以下に多少の順位の変動はあるもの の、2002年以降、上位6項目は入れ替 わりがない。資料はWebサイトによる。 http://www.keidanren.or.jp/indexj.html
注2) これにより武道部は2007年度の学生表彰をうけた。また2006年度にも部長が学生表彰をうけた。
注3)「精力善用国民体育」(昭和5年8月 『嘉納治五郎著作集』第2巻 五月書房所収)。嘉納の定義は柔道についてのものであるが、武道一般に通用する。また、教育における武道の意義についても、嘉納が繰り返し論じており、注目に値する。