奈良高専サイエンス研究会の活動成果-課外活動を通した学生による情報発信-


 平成17年度,筆者の1人である三木が物質化学工学科1年生の担任となった時,受け持った学生に対して,研究発表会や化学オリンピックへの参加などを行うことを積極的に勧めた.その結果,この年の冬頃から学生が自主的に研究活動などを始めるようになった.これが,サイエンス研究会(以下,本研究会と略す)のスタートであった.本研究会の約3年間の活動状況について,化学・生物分野について以下に報告したい.


 上に述べた活動を課外活動として学校に認めてもらうために,研究活動を行ってきた物質化学工学科1年生12名が,学生委員会に同好会の設立願を提出し,平成18年4月から「サイエンス研究会」の設立が認められた.
 本研究会の目的は,「サイエンスの探求および普及を通して,会員の構想力,情報収集力,創造力,計画力,学問・技術の統合力などの知的能力向上および人格形成を助長し,課外活動の一環として活動すること」とした.これは,教員側からの意図,つまり,課外活動を利用した技術者教育の推進を目指し,エンジニアリングデザイン能力の育成を視野に入れたものである.正規の授業が「知識習得型の学習」とすれば,この課外活動における教育は「PBL(Problem Based Learning)型の学習」として位置づけることができる.活動の大きな柱は,以下の4点である.
    (1)研究活動と研究コンテスト・学会での研究発表
    (2)国際科学オリンピックへの参加
    (3)サイエンスプログラムなどへの参加
    (4)サイエンスボランティア活動(実験教室実施)
 これらの活動の中で,学生自らが課題(研究テーマ・オリンピックの試験対策勉強・実験教室の実験内容など)を考え,それを調査・実験して,問題解決を行っていくプロセスの修得を目指している.また,研究発表会や実験教室の実施などを目標とすることで,学生の学習意欲やエンジニアリングデザイン能力の向上が期待できると考えている.


 本研究会の活動費は,学内の戦略的経費特別事業からの配分を受けている.この事業は,共同研究等のプロジェクトを募集し,学内予算を配分するものである.平成18年度,本研究会の立ち上げと同時に,顧問が,「課外活動を通した科学技術教育の推進-低学年からの技術者教育-」のプロジェクトテーマで事業に応募し,平成18年度から5年間の継続プロジェクトとして特別に認められた.現在までの予算配分額は,平成18年度60万円,平成19年度70万円,平成20年度65万円であった.
 この結果,長期的な展望を持って,本研究会を運営し,学生を指導することができるようになり,他の教員への協力依頼も積極的に行えるようになった.平成18年度は一般教科4名(数学2名・物理1名・化学各1名)と物質化学工学科2名の計6名の教員が,平成19・20年度は一般教科5名(数学2名・物理2名・化学1名),情報工学科2名,物質化学工学科3名の計10名の教員が顧問として学生指導を行った.学生の提案をできる限り実現することが重要であり,その内容によって活動の方向性が異なるため,学生指導は教員各自が自由に行っている.現在では,同好会として,高学年学生が低学年学生を指導するシステムが継続的に確立できるため,教員の負担は通常のクラブ指導と同程度となっている.


 表-1に本研究会の設立からの主な活動業績(賞を獲得したものおよびそれに関連するもの)を示す.以下は,主な3つの活動について,関係した学生の感想や意見等です.

表-1 サイエンス研究会の主な活動業績(平成18~20年度)

大 会 名 な ど 成 績 な ど 備 考
第3回高校化学グランドコンテスト
(大阪市立大学、読売新聞社大阪本社主催)
(平成18年11月)
ポスター賞
「備長炭電池の高性能化」(ポスター発表)
第4回高校化学グランドコンテスト
(大阪市立大学、読売新聞社大阪本社主催)
(平成19年11月)
大阪市長賞
(最優秀賞)
「使い捨てカイロの反応メカニズム-カイロにおける活性炭の役割-」
(口頭発表)
銀賞
「高分子ゲルを利用してダニエル電池を考える」(口頭発表)
ポスター賞
「古紙の新規利用法の創出-古紙からのレーヨン作製-」(ポスター発表)
第5回高校化学グランドコンテスト
(大阪市立大学,大阪府立大学,読売新聞社大阪本社主催)
(平成20年11月)
ポスター賞
「ポリ乳酸混合PET樹脂の開発とその生分解性」
(ポスター発表)
第52回日本学生科学賞奈良県予選
(平成20年11月)
最優秀賞
「使い捨てカイロの発熱メカニズムの解明」
第18回国際生物学オリンピック
(平成19年7月)
銅メダル
文部科学大臣表彰および国立高専機構理事長表彰
第11回ボランティア・スピリット賞
(プルデンシャル生命保険,ジブラルタル生命保険主催)
(平成19年11月)
コミュニティ賞
サイエンスボランティア活動への活動資金として副賞2万円
サイエンスボランティア活動
平成18年
 天理市教育委員会主催「おもしろ実験教室」
 青少年のための科学の祭典奈良大会「光でつくるスタンプ」
 天理市子供会ちびっ子まつり「光でつくるスタンプ」
 青少年のための科学の祭典南和大会「光でつくるスタンプ」
 天理市公民館まつり「おもしろ実験」
平成19年
 天理市教育委員会主催「おもしろ実験教室」
 青少年のための科学の祭典奈良大会「光でつくるスタンプ」
 天理市子供会ちびっ子まつり「光でつくるスタンプ」
 天理市公民館まつり「おもしろ実験」
 大和郡山市科学教室(1日工作教室)「光でつくるスタンプ」
平成20年
 天理市教育委員会主催「おもしろ実験教室」
 青少年のための科学の祭典奈良大会「光でつくるスタンプ」
 天理市子供会ちびっ子まつり「光でつくるスタンプ」
 天理市公民館まつり「おもしろ実験」
「高校生・化学宣言」(遊タイム出版)原稿執筆
平成20年6月出版
 Chapter 1 カイロは備長炭電池のような回路?
 Chapter 6 反応が見える電池をめざして
 Chapter 7 手ごわい高分子たち
「高校生・化学宣言2」(遊タイム出版)原稿執筆
平成21年3月出版
Chapter 11 PET change the world


 私達(田中利明・舩曵 歩・竹内準二)は,平成19年11月の第4回高校化学グランドコンテスト(以下グラコンと略す)において,最優秀賞である大阪市長賞を獲得することが出来ました(図-1).私達は,このグラコンで,「使い捨てカイロの反応メカニズム」という,身近なもので原理の不明確なものに注目した研究テーマで発表しました.それに対して,他の出場校の発表内容は研究開発に近いもので,何か役立つものを作製するというものが多かったように感じました.その中で,私達が最優秀に選ばれたということで,大きな驚きと共に,心から満足することができました.
図-1 第4回高校化学グランドコンテスト
左:口頭発表風景,右:大阪市長賞受賞後のインタビュー
 将来,私達が研究者・技術者となれば,最先端技術の研究・開発又はその応用を行っていくことになると思います.そして,その最先端技術の多くは企業が望むもの,ひいては今,人々が望んでいる「商品」にまつわるものでしょう.しかし,私達が研究したのは,実用化されているものの原理について,より化学的な理解を深めるという,純粋に自らの知的好奇心を満たすためのものでした.探究心と好奇心に引っ張られて実験を重ねた研究を,グラコンという場で大いに評価して頂けたということは,非常に貴重な体験であったと思います.これから先,研究や開発に携わっていく人間としてこのことを忘れず,貴重な経験を財産として邁進していきたいと思います.


 第18回国際生物学オリンピックで銅メダルを受賞出来たことは,私(竹内準二)にとって本当に嬉しいことでした.今までの苦労が報われたと感じました.しかしながら,平成19年の1月に国内一次選考を通過してからは生物学の勉強ばかりで,特に3月末に日本代表に選ばれた後の3ヶ月間は凄惨でした.学校では授業中にも生物学の本を読み,放課後はすぐに奈良女子大に向かって実験の講義に参加させてもらい,家に帰ってからも寝るまで生物学の教科書を読んでいました.仕舞いには,親に「勉強するな」と言われる始末です.土曜日も大体学校で朝から夕方まで実習でした.しかし,その苦労の甲斐あって銅メダルを獲得できたので,実習をして下さった奈良女子大・奈良高専の先生方にはとても感謝しています.自分でもやれば出来るのだと実感できました.
試験の結果はともかく,もうひとつの目的であった他国の参加者との交流の方はさっぱりでした.英語が出来なくても,身振り手振りで何とかなるという主張をよく聞きますが,それは嘘だとわかりました.道を尋ねる程度なら通用しても,仲良くなるほど会話を成立させるのは無理でした.下手な英語とジェスチャーを繰り返して,それでも結局通じなかったときなどは酷く空しく,もっと英語を練習しておけばと後悔しました.英語はやはり重要です. 会場である大学には1週間滞在し,試験はその内の2日だけで,試験のない日は,森林と湖を囲った国立公園や西部開拓博物館観光などのプログラムが組まれていました.カナダ原住民の暮らしていたワヌスケウィンという平原では,原住民の舞踊を観賞し,資料館を見学したりしました.海外へ行くのは今回が初めてだったのですが,カナダや他の国々の人々との交流から,文化や習慣の違いを知ることが出来たのはとてもよい経験になったと思っています.
図-2 国際生物学オリンピック
左:奈良女子大でのトレーニングの様子,右:第18回国際生物学オリンピックの銅メダル
図-3 サイエンスボランティア活動
左:光で作るスタンプ,右:風船スライム

 私達は,サイエンス研究会の活動の枠組みの中で,主に小・中学生を対象として化学実験を行うボランティア活動を行っています.光硬化性樹脂を用いてスタンプを作る「光で作るスタンプ」,テレビでもお馴染みの液体窒素を用いた実験,洗濯のりとホウ砂を混ぜて作る「風船スライム」など,多くの実験を,「青少年のための科学の祭典」,天理市での「ちびっこまつり」などのイベントで行ってきました.
 振りかえってみると,この活動は,子供たちに楽しんでもらうだけでなく,自分たちにとっても非常に有意義で楽しい時間であったと思います.すでに確立された実験であっても,どのように見せれば子供たちが興味を持ってくれるか,新しくこんな工夫をしてみればどうだろうか,安全性に問題はないだろうか,といったことをみんなで相談し,意見をまとめながらそれを実際の実験の形にしていくのは,決して授業での実験では経験できない,得がたい喜びを伴うものでした.
 こうした中で受賞した第11回ボランティア・スピリット賞のコミュニティ賞は,私達の活動が世の中に認められたことを示し,大きな励みになりました.そして,私達はもっと多くの人々に私たちの実験を見に来て楽しんでほしい,という気持ちを強くしました.奈良高専を卒業してからも,何らかの形でこうした活動に参加し,多くの子供たちに化学の面白さを知ってもらうお手伝いをしていきたいと思っています.そしてその子供たちの中から,化学が好きになる人が多く現れてくれるように願っています.
図-4 その他の活動
左:テレビ生中継(NHK奈良放送局「ならナビ」),右:防火水槽の清掃


 ここに紹介した内容以外に,本研究会では図4に示すような活動も行っている.このような様々な活動が,学生生活を有意義でかつ楽しいものにすると共に,技術者として必要な能力を身につけさせるために必要であると考えている.そして,学生が自分たちの学習成果を生かして,情報発信できることは技術者教育の1ステップとして重要なことであると考えている.様々な方法で,高専がこのような機会を学生に提供できることが必要である.
 なお,本原稿は,1~3章および5章については教員が,4章については学生が執筆を担当した.


参考文献
注1)三木功次郎他,課外活動を利用した技術者教育の推進~多面的な教育効果を狙った新たな試み~,平成20年度高等専門学校教育教員研究集会講演論文集,pp.283-286(2008)
注2)三木功次郎他,奈良高専学生の国際生物学オリンピックへの挑戦,奈良工業高等専門学校研究紀要,44,pp.53-55(2009)