課外活動を利用した技術者教育の推進~多面的な教育効果を狙った新たな試み~
(奈良工業高等専門学校)○三木功次郎、北村 誠、榊原 和彦、名倉 誠、長瀬 潤、新野康彦、直江一光、宇田亮子、松尾賢一、山口賢一
近年、奈良高専(以下、本校と略す)の入試倍率は減少傾向にあり、それに伴い入学者の基礎学力・学習意欲・論理的思考力などの低下が問題となり始めている。このため、専門科目・一般科目への興味付けや、学習意欲を高めるための導入教育が今後ますます重要になると考えられる。
三木ら[
注1]、[
注2]は、本校物質化学工学科の学生に、課外活動として、学生主体で化学実験教室を運営させ、JABEE(日本技術者教育認定機構)認定で要求されているエンジニアリングデザイン能力[
注3]を身につけさせることに成功している。筆者らは、平成18年度から同様の手法を用いて、課外活動を積極的に活用して、学生の学習意欲を高め、低学年からの技術者教育を推進するプロジェクトを立ち上げた。活動の大きな柱は、以下の4点である。
(1)科学研究コンテスト、学会などでの研究発表
(2)国際科学オリンピックへの参加
(3)サイエンスプログラムなどへの参加
(4)サイエンスボランティア活動
本論文では、このプロジェクトの経緯、得られた成果とその教育的効果などについて述べる。
平成17年度、筆者の1人が物質化学工学科1年生の担任となった。この時、学生の学習意欲を高め、高専の外にも目を向けさせて、実り豊かな学生生活を送らせるために、秋頃から各種イベントへの参加や資格取得を勧めた。具体的な例として、研究発表会や化学オリンピックへの参加、危険物取扱者資格の取得などを挙げ、保護者にも積極的にアピールした。学生や保護者からの反響は大きく、学生が自主的に活動を始めるようになり、プロジェクトとしてスタートした。
放課後や休日、学外での活動を考えると、学生の事故、教員の引率旅費や指導手当などへの対応のために、同好会を設立して本活動を正式な課外活動として学校に認知させる必要があった。研究活動を希望してきた12名の学生が、学生委員会に同好会の設立願を提出し、平成18年4月に「サイエンス研究会」(以下、本研究会と略す)の設立が認められた。設立当初は、物質化学工学科2年12名が入会し、その後、同学科の1年1名と3年3名が加わった。平成19年には、1年9名、2年5名、3年16名、4年3名の計33名が入会した(学科別では電子制御工学科2名、情報工学科6名、物質化学工学科25名)。
本研究会の目的は、「サイエンスの探求および普及を通して、会員の構想力、情報収集力、創造力、計画力、学問・技術の統合力などの知的能力向上および人格形成を助長し、課外活動の一環として活動すること」とした。これは、課外活動を利用した技術者教育の推進を目指し、エンジニアリングデザイン能力の育成を視野に入れたものである。正規の授業が「知識習得型の学習」とすれば、この課外活動における教育は「PBL(Problem Based Learning)型の学習」として位置づけることができる。学生自らが課題(研究テーマ)を考え、それを調査・実験して、問題解決を行っていくプロセスの修得を目指した。また、研究発表会や実験教室の実施などでのプレゼンテーションを目標とすることで、学生の学習意欲やエンジニアリングデザイン能力の向上が期待できると考えた。
この目的に賛同する教員がプロジェクトに加わり、平成18年度は、一般科4名(数学2名・物理1名・化学各1名)と物質化学工学科2名の計6名の教員が学生指導を行った。後述の学内プロジェクトのスタートで、平成19年度は、一般科5名(数学2名・物理2名・化学1名)、情報工学科2名、物質化学工学科3名の計10名の教員が担当し、全校的な組織へ発展した。
学生の提案をできる限り実現することが重要であり、その内容によって活動の方向性が異なるため、学生指導も教員各自が自由に行っている。同好会活動として、高学年学生が低学年学生を指導するシステムが継続的に確立できるため、教員の負担は通常のクラブ指導と同程度となっている。
本校では、平成17年度から学内の戦略的経費特別事業の一つとして、共同研究等プロジェクトを募集し、毎年数件のプロジェクトに予算を配分している。平成18年度、筆者らは、本研究会の立ち上げや消耗品購入などの資金獲得のために、「課外活動を通した科学技術教育の推進-低学年からの技術者教育-」のテーマで、プロジェクトに応募した。通常1年ごとの採択であったが、5年間の継続プロジェクトとして特別に認められ、予算措置がされることになった。この結果、長期的な展望を持って、本研究会を運営し、学生を指導することができるようになり、他の教員への協力依頼も潤滑に行えるようになった。予算配分額は、平成18年度60万円、平成19年度70万円であった。
平成16年に始まった高校化学グランドコンテスト(大阪市立大学および読売新聞大阪本社主催)は、高校生、高専生(3年生以下)を対象とした研究発表会である。化学分野に限定されているが、読売新聞大阪本社が主催になっていることから、全国の高校から応募があり、レベルの高いコンテストとなっている。また、会場が本校から近い大阪であるため、このコンテストを目標として、平成18年1月から研究活動をスタートさせた。
(1)平成18年度
物質化学工学科2年12名、3年3名と教員で、研究テーマの探索・検討を重ね、4つのテーマを決定した。他のクラブ活動を兼ねている学生が多く、1テーマを3または4人で担当させ、時間の空いている学生が、実験を行うように指導した。また、各テーマのリーダーを中心として、常に研究内容・実験結果などをグループで共有するように指導を行った。研究・実験は、平日週3回程度、土曜日、そして春季・夏季休業中に実施した。
学生には、研究・コンテストへのプロセス全てが初めての体験であり、教員にとっても専門分野と異なるテーマ内容もあり、お互いに非常に苦労した。しかし、専攻科学生に実験やデータ処理の指導を一部任すことにより、教員の負担を軽減させることができた。コンテストの1次審査資料(研究レポート)の提出締切前には、実験と並行して研究レポートを作成するなど、学生の努力には驚かされた。しかし、4つの研究テーマは、1次審査を通過できず、全てがポスター発表となった(1次審査を通過したテーマのみが口頭発表となり、それ以外はポスター発表となる)。研究に慣れておらず、レポートの内容がまとまっていなかったことが大きな原因と推測された。パワーポイントを使用したポスター作成も学生には初めてのことであったが、発表前日まで熱心に作成し、1件がポスター賞を受賞した(
表1)。学生にとっては、大学の先生とのディスカッション・高校生の発表内容・賞を獲れなかった悔しさなどが大きな刺激となり、翌年への発奮材料となった。
(2)平成19年度
前年度の反省点を踏まえて、新規テーマを4つ選んだ。経験を積んだ3年生をテーマリーダーとし、新たに同好会に入った1、2年生を各テーマに分けた。研究のゴールを常に考え、計画的な実験の実施、データ処理の工夫、的確な表現でのレポート・プレゼンテーション資料の作成など、1年間で大きな成長が見られた。申込をした4件の研究テーマのうち、2件は口頭発表、2件はポスター発表となった(
写真1)。「使い捨てカイロの反応メカニズム」を研究したグループは、
図1のように、カイロに含まれる活性炭が水の還元反応を触媒しているとの新たな見解を示し、最優秀賞の「大阪市長賞」を獲得し、また2グループがそれぞれ銀賞およびポスター賞を受賞することができた(
表1)。有名進学校やスーパーサイエンスハイスクールなどの参加があった中での成果は、学生にとって大きな自信となった。なお、これらの内容は読売新聞で大きく報じられた。
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口頭発表 |
ポスター発表 |
写真1.第4回高校化学グランドコンテスト
近年、各学会が年会などを開催する際に、高校生を対象としたセッションを設けることが多くなった。平成20年3月、本校学生が、日本天文学会ジュニアセッションで「スペース・デブリ除去衛星開発モデル紹介」(第6回「君が作る宇宙ミッション」に参加した成果を高校生5名と発表)、ジュニア農芸化学会で「東大阪市における地表性甲虫のベイトトラップ調査」をそれぞれ発表した。この2件については、筆者らの専門分野と異なり、研究内容を直接指導することはほとんどできなかったが、実験材料の購入や学会の旅費支給、発表のアドバイスなどで支援を行った。このようなサポート体制の充実も必要であると考えられる。
国際科学オリンピックは、世界中の中等教育課程にある生徒(日本では高校生および高専1~3年生に相当)を対象にした科学技術に関する 国際的なコンテストである。日本では、数学・物理学・化学・生物学・情報の5分野に選手派遣を行っており、毎年メダルを獲得している。文部科学省も、将来の科学技術を支える人材の発掘、育成につなげるために、国内予選開催や国際大会への選手派遣に対して予算支援を行っている。
高専生がこの科学オリンピックに参加することは、専門科目・専門基礎科目の学習成果を発揮でき、同時に学習意欲の向上が期待できる。
著者らは、平成18年度から化学・生物学・数学・情報の4つの科学オリンピック国内一次予選への学生の参加を積極的にサポートしている。
(1)国際化学オリンピック
平成18年7月、1次選考である「全国高校化学グランプリ」に、6名(物質化学工学科2年4名、3年2名)が参加したが、2次選考には進めなかった。また、平成19年は、5月上旬から4年生を講師にして、自主的な勉強会を週1回開催し、10名(物質化学工学科1年4名、2年1名、3年5名)が試験に臨んだが、2次予選には進めなかった。
(2)国際生物学オリンピック
平成18年、4名の学生(物質化学工学科2年)が第1次選考(12月)に参加し、1名が第1次選考を通過(851名中3位)した。このため、本校非常勤講師(生物)および奈良女子大学理学部生物科学科(以下、奈良女子大と略す)の協力を得て、第2次選考に向けて生物学実験を中心としたトレーニングを実施した。平成19年3月中旬、合宿形式による実験主体の第2次選考試験により国際大会に派遣される代表選手に選ばれた。その後、国際生物学オリンピック日本委員会(JBO)の合宿(2回)以外に、引き続き奈良女子大(週1~2回、奈良女子大の学生実験を受講)および本校(週1回の実験・講義)でトレーニングを行った。
平成19年7月15日~22日にカナダのサスカトゥーンで開催された第18回国際生物学オリンピックで銅メダルを受賞し(日本選手団は銀メダル1個、銅メダル3個)、高専生初のメダル獲得となった(表1)。本学生は、その後もJBO主催のハイスクールフォーラム2007「国際生物学オリンピック挑戦のすすめ」で、参加報告・パネルディスカッションを行うなど、生物学オリンピックのサポーターとして積極的に活動を続けている。
なお、平成19年度は3名(物質化学工学科1年2名、2年1名)が第1次選考に参加したが、第2次選考には進めなかった。
(3)国際数学オリンピック
平成19年の数学オリンピック予選(1月)には、2名(物質化学工学科1年1名、2年1名)が、平成20年は、2名(電子制御工学科2年2名)が参加したが、本選には進めなかった。予選のために、学生と一般教科の数学(2名)、物理(1名)の計3名の教員でセミナー形式の勉強会を週1回程度行い、ディスカッションや教員からのアドバイスなどの指導を継続して行っている。勉強会には、大学教養程度の数学のテキストなどを使用している。
(4)国際情報オリンピック
情報オリンピック参加へのサポートは、平成19年度から開始した。情報工学科教員2名が中心となって、情報工学科を挙げての協力体制を整えた。情報工学科の学生に、情報オリンピックへの取り組み内容の説明,参加呼びかけを行った。参加を希望した1年3名、2年2名、3年1名に対して、ノートPCの貸与、過去の問題の解答と解説、メールによる技術相談などのサポートを行った。6名の学生は、平成19年12月に自宅から、ウェブ上においてオンラインで予選を受験したが、全員がBランク(272名中、41位~139位)であった。
サポート開始から2年目には、銅メダル獲得という大きな成果を得ることができたのは幸運であった。身近に銅メダリストがいることで、努力次第で難関を突破できること、学校のサポートがある強みなどを、学生が実感できたことは大きい。オリンピックを目指した自主的な勉強会の開催は、参加学生が小人数であったとしても、学習意欲向上の表れであり、当初の目的が達成できていることを示している。一部の勉強会では、オリンピックの年齢制限を超えた4年生が低学年生を指導しており、4年生にも学習意欲を与える効果があり、高専独自の方法として期待できる。
筆者らは、以前より学外で「実験教室」などを行っており、5年生や専攻科生を実験アシスタントとして参加させてきた2)。平成18年度からは、5年生や専攻科生と共に、本研究会の学生をサイエンスボランティアとして、「光によるスタンプ作り」などの実験教室運営に参加をさせて、ボランティア精神を涵養した。平成18年度は4回(延べ6日)、平成19年度は4回(延べ5日)の実験教室を行った。最初は参加意欲の低い学生も、回数を重ねるに連れて積極的に参加するようになった。これは,実験教室運営で得た経験(実験や説明を実施した充実感、人に教える喜び、コミュニケーションなど)が,ボランティア活動の原動力となっているものと思われる。なお、平成19年11月、これらの活動が認められて、ボランティア・スピリット・アワードにおいて表彰された(
表1)。
筆者らの試みは、時間などの制約が少ない課外活動下での自主性を重んじたPBL教育であり、正に「ゆとり教育」の実現である。プロジェクトで実施している研究活動やオリンピックに向けたレベルの高い学習内容は、学生の意欲・能力を顕著に高めることが分かった。また、サイエンスボランティア活動は、人間形成を助ける効果的な方法であった。つまり、学生がその能力・興味に応じて、各種活動を行うことにより、エンジニアリングデザイン教育が実現できることが分かった。卒業研究でも明らかなように、学生は習得した知識や技術を活用することで、その重要性を理解し、さらに上のステップを目指すことができるようになる。研究やボランティア活動では、多くの失敗を重ね、専門書を調べ、自ら考えることで、苦労しながら目的に到達していく。このようなプロセスが、新たな学習意欲を芽生えさせ、学生の可能性を広げていくと考えられる。
課外活動であるので、学生の評価システムこそ存在しないが、その部分は外部からの評価(賞の獲得など)があるため、学生は授業以上に一所懸命に取り組むことが分かった。学生に明確な目標を示すためにも、学生の目を積極的に外部に向けさせることは重要であった。
本論文で紹介した成果は、教員から学生への働きかけから生まれたものである。学生の好奇心を刺激する目標を示すこと、学生が自分で目標を見つけられるようにすること、それを具体的に実現するためのサポートシステムを用意することなどは、学校・教員にとって重要なことである。
また、これらの成果は各新聞で報道され、平成19年10月にはNHK奈良放送局の番組「ならナビ」の「放課後バンザイ」のコーナーに本研究会が出演し、活動内容を紹介した。このことは本校の広報活動になると共に、多くの学生の自信や励みとなり、学校に対する誇りを生み出すと考えられる。
参考文献
注1) 三木功次郎、直江一光、石丸裕士、宇田亮子、学生が主体となった小・中学生対象化学実験教室の運営とその教育的効果、平成17年度高等専門学校教育教員研究集会講演論文集、pp.283-286(2005)
注2) 三木功次郎、直江一光、石丸裕士、宇田亮子、小・中学生対象化学実験教室の運営における新たな試みとその効果、論文集「高専教育」、第30号、pp. 683-688(2007)
注3) 日本技術者教育認定機構主催JABEE国際シンポジウム、「技術者教育とエンジニアリングデザイン」共通認識(2004)