メタメッセージを如何に伝えるか:武道部メソッド~技術者教育としての課外活動の可能性~


 課外活動指導は、人材育成の優れたメソッドを多く持っている。例えば、企業の人材育成や、教育者育成に大きな成果を上げている原田隆史の「原田式」も、陸上部における課外活動指導の実践をもとにしたものである。[注1]
 これからの社会で活躍できる高度な技術者を育成するためには、専門的技術はもちろんのこと、いわゆる「人間力」を合わせ持っていなければならない。それは、経済産業省が「社会人基礎力」を提唱していることや、企業が求める人材アンケート[注2]、また実際に企業が行っている新入社員研修などを見れば、明らかである。
 私は、高専~技科大における技術者教育において、この「人間力」育成の場として、課外活動が非常に有効であると考えている。2001年に創部した武道部の指導理念も、その考えに基づいている。
 そこで昨年、技術者教育における課外活動の可能性を提示し、武道部で実践している「武道部メソッド」の一端を紹介した。[注3]
 さらに、高専や技科大における課外活動指導を「人間力養成メソッド」として共有し、高専~技科大における技術者教育として意義付けられれば、技術者育成の大きな力となるのではないかと考え、「技術者教育としての課外活動の可能性の提示と教育メソッドの開発」(豊橋技術科学大学 平成20年度高専連携教育研究プロジェクト)を提案し、現在4高専の先生と実施中である。[注4]  本稿は、以上を踏まえ、昨年に引き続き「武道部メソッド」の一端を紹介し、その意義を考察するものである。


 今回紹介するのは、メタメッセージを伝えるための「武道部メソッド」である。メタメッセージとは、グレゴリー・ベイトソンがダブルバインド理論で用いた概念で[注5]、メッセージについてのメッセージ、つまり、そのメッセージがどういうコンテクストを持っているかというメッセージである。通常これは話し手によって明言されるものではなく、表情や声のトーン、話し方や話された状況などから、聞き手が受け取るものであり、ある具体的なメッセージそのものが同時に含んでいるものをいう。
 ただし本稿では、そのメタメッセージの受け取り能力を向上させるための基礎段階を考えており、主として、第三者によるメッセージが、あるメッセージのメタメッセージとして機能する場合を考えている。その意味で、ベイトソンの概念からは逸脱していることをあらかじめお断りしておく。
 例えば河上亮一は、
「学校へ行ったら先生の言うことを聞くんだよ」という社会のサインはほとんどなくなってしまった。生徒たちが教師のいうことをきかなくなったのである。[注6]
と述べている。河上は、教師には権威が必要であるが、その権威は、地域や親といった社会によって支えられていた、という。本稿の言い方では、地域や親のメッセージが、教師の実践的なメッセージのメタメッセージとして機能していたということである。今、私に図示してみる。
(クリックで拡大)

 しかし、近年この三角形が崩れた、そう河上は考える。そのとき教師はどうすればよいのか。
    地域や親に頼ることができなくなったから、難しいことだが、自分で権威をつくるしかないのである。(p77)
 「権威」云々についてはここではおくとして、教師のメッセージが、それ自体でどのように生徒(学生)に受け止められるかという問題として考えたとき、ここには非常な困難があると言わざるをえない。というのは、複合的に支えあったメッセージを受けとる経験が希薄になった現代社会では、メタメッセージを受け取る能力が低下していると考えられるからである。それを的確に指摘したのが原田隆史である。
     例えば、「遅刻がいけない」といった説明なしに、ただ「ボケ!辞めてしまえ!」と怒鳴る。それは特に、今の若者には通用しない。本当辞表を出してしまう。
     かれらは「ボケ!」という言葉の裏側にある、「ここを直してほしい」という上司の心が読み取れず、言葉を額面通りに受け取ってしまう。自分の「心のチャンネル」を、相手の心に合わせず、言葉に合わせている。(略)叱る理由をはっきりさせて、部分否定で叱ることです。
     と同時に、上司が部下に、叱られ方、心のチャンネルの合わせ方を教えること。[注7]
 ここでは教師ではなく上司の話として述べられているが、事情は同じである。自分のメッセージがどのような真意(メタメッセージ)をもつかを明言し、さらには、その受け取り方まで教えておかなければならない、というのだ。先にも述べたが、メタメッセージは本来明言するものではなく、表情などの様々な状況から、聞き手がいわば勝手に受け取るものである。しかし少なくとも教育の場においては、もはやそれに期待してはいけない、そう原田はいうのである。
 これは、おそらく多くの教員が実感していることであろう。私自身もそうだ。だから原田が指摘したような工夫も行っている。だがそれと同時に、明言されないメタメッセージを受け取る能力を向上させたいと考えている。そこで考案したのが、メタメッセージを伝えるためのいくつかの仕掛け、河上が想定していた三角形とよく似た疑似三角形を、複合的につくるための仕掛けである。


 ここ数年、武道部の理念、武道部は「何のために」「何を目指して」「何を」やるところであるかを、明言する必要性を強く感じるようになった。
 そこで、2008年に研修会を行った。第1回は、新入部員が揃った5月。ここで、武道部が何を目指してどういう活動をしているかといった、理念や目標をきちんと説明し、部員全員で共有できるようにした。そしてその中で個々がどういう意識と志を持つかを考えさせたのである。
 最初にこれをしっかりやっておけば、その後の具体的な活動や指導が、その理念から発せられていることが受け取りやすくなる。つまり、理念がメタメッセージとして機能してくれるのである。
 三崎幸典も、自らのロボコン指導について、「始めの導入をしっかりやると、後が非常に楽である」(プロジェクト全体会議)と述べているが、年度初めに、理念と目標を共有し、その部における心構えや行動のスタンダードを形成しておくことは、非常に有効であると考えられる。
 指導者がこの理念からブレた指導を行わない限り、学生は、きちんとメタメッセージを受け取ってくれるのでる。タイミングをみて、その時にあったテーマで、2008年は4回行った。


 これは前稿[注3]でも述べたが、今行っている稽古を続けるとどうなるか、という具体的なイメージがあると、稽古のモチベーションが上がる。部の中に、「あこがれ」の構造を作るのである。
 稽古には修了生や指導者も多数参加しており、すぐ上の先輩、さらに上の先輩、指導者へと繋がる構造、つまり直近の「目標」から「あこがれ」へと繋がる段階的な構造が作られている。この「あこがれ」の構造が、普段の指導のメタメッセージとして機能するのである。だから先輩の技を見ると、目が輝き、モチベーションが上がるのだ。


 ソフトボール元日本代表監督の宇津木妙子は、自らも認める「鬼監督」であるが、上野選手を叱ったのはたった一度だけだという。その時、上野選手はカッとなったらしい。
     そのとき、ルネサンス高崎で私のマネージャーをしてくれている吉野弘美が、私がこの四年間講演したビデオ録画やメモを上野に見せたらしいのです。それから上野は変わったと聞きました。[注8]
 同じような経験は、多くの指導者がしているだろう。武道部でも、部長や演武会実行委員長が、その役割を担っている。だが私は、特定の個人ではなく、武道部員なら誰でもそのような役割を担える人材に育ってほしいと願っている。部全体を見渡し、必要な人に、必要なタイミングで、うまく話をしてやれる人材に育ってほしいのである。


 2009年からブログを始めた。稽古中などのハレの発言とは別に、ケの発言をするためである。ブログは当然武道部員以外も見るので、私の考えが、一般論としてそれなりにきちんと書いてある。これが、直接話すメッセージのメタメッセージとして機能するのである。
 例えば部員を直接叱っているときは、叱るだけであるが、それがどういう思いから出たものであるかなどをブログに書いておく。自分を分身させて、疑似三角形を作ってしまうのだ。
 あるいは、稽古中は明言せず、気づく者には分かるようにだけ振る舞っておいて、ブログの方に「色帯は最近とても良くなってきた」などと書いておく。すると次の稽古のときの雰囲気が全然違ってくるだけでなく、稽古中の私の気持ちや言動をより深く受け取ろうとするようになるのである。
 また、私の「日記」として書くことによって、効果がある場合もある。例えば、「卒業生から、初出社した報告メールが来て、嬉しかった。」と書いておくと、先輩はそういうことをしているのか、自分も卒業したらやろうと思う学生が出てくる。「無事社会人としてスタートできたら、きちんと報告しなさい」という説教とは全く違うのである。


 武道部の指導で一番苦労するのが、学び方を教えることである。武道をはじめ、芸事の修業は手取足取り教えないのが普通である。それによる弊害が大きいからだ。しかし、それだと最近の若者は、「教えてくれない」と思ってしまうので、武道の学び方、つまり原田のいう「心の合わせ方」を教えておかなければならないのである。
 上に述べたメソッドも、そのためのものであるが、これはもっと直接に、優れた学び方を「学ぶ」ものだ。武道家だけでなく、宮大工、落語家など、優れた技術をもった人の修業時代のエピソードを紹介したり、本を読ませたりするのである。
 私は内田樹を踏まえ、常々「先生は答えを与え、師匠は謎を与える」と言っている。[注9]その実例を学ばせるのである。必ず用いるのは、西岡常一ほか『木のいのち木のこころ』(新潮文庫 2005)。ここには、徒弟制度における技術伝承の実際とその意味が見事に語られている。例えば弟子の小川さんが語る西岡棟梁の鉋のかけ方指導は、
       「鉋屑はこういうもんや」   って鉋を1回かけてその鉋屑をくれただけや。それを窓ガラスに貼っておいて、それと同じような鉋屑が出るまで自分で削って、研究しなければあかんのや。(p233)
 というものである。また、その小川さんが弟子入りして最初に言われたのが「道具を見せてみい」であり、「それをちょっと見て、棟梁はぽんと捨てたもんな」。そして、
       棟梁がその後にいったのは、
      「納屋を掃除しておき」
      これだけや。
      「はい」
      って答えて納屋へ掃除に行ったよ。(p206)
 今同じ事をされて、「はい」と素直に掃除に行く学生がどれくらいいるだろうか。だが小川さんは、棟梁のメタメッセージをきちんと受け取った。この本では、その意味も詳しく解説してくれる。
       そこには棟梁の道具が置いてあったし、鉋屑なんかがあったな。    「納屋を掃除しろ」ということは、「そこには自分の道具が置いてある。わしの道具を見てみろ。わしがおまえの鑿や鉋がまったくあかんというてる意味がわかるはずや。(略)掃除をしながらわしの仕事をよーく見ろ」ということだった。
 このような話を読ませ、自分が小川さんの立場なら棟梁の言葉をどう聞き、考え、行動するかを考えさせ、武道の学び方を理解させるのである。
 指導者が明言してしまっては元も子もなくなる。かといって全く手がかりがなくては、今の若者にはハードルが高すぎる。その間を、このようなエピソードが繋いでくれるのである。
 他にも、木村秋則『奇跡のリンゴ』(幻冬舎 2008)など、何冊かの課題図書があり、レポートを提出させ、私がコメントを付けて返す。全員、自分自身をよく見つめ直した良いレポートを書いてきており、非常に有効に機能している。
 また、武道に関係なくても、優れた人の講演会などにも、機会があれば出かけ、終了後は必ず感想会をする。これまで行ったのは、水谷修氏、松浦元男氏(樹研工業社長)、藤原正彦氏などである。


 2008年はコモンズ会と称して、水曜日の稽古後、学生交流室(コモンズ)で、時間のある部員と簡単なお茶会を行った。ここは雑談をしながら、学生が私に質問したり、その日の稽古の感想を言い合ったりする場である。ブログと同じで、ここでは私は、稽古中とは別の、ケの顔を見せている。それによって、ここでの話が、稽古そのもののメタメッセージとして機能するのである。


 演武会は、自分の武道の技術を向上させるという目標とは別に、もう一つ、社会とのコミュニケーション実践を経験させるという目的がある。その演武会が、外部からの生きた評価をうける場として機能しているのである。これについては、「学生を外部に出して、外からの評価を受ける仕掛けを作ることが非常に効果的である」という三崎の話を聞いて、演武会がそのような場になっていることに気づいた。  言われてみればその通りで、ポスターを貼らせてもらいに行ったお店で、「武道部の学生さんはいつも礼儀正しいね」などと言われると、それが更なるモチベーションへと繋がるし、演武会当日の観客の拍手、アンケート内容にも学生は大いに勇気付けられているのである。


 以上、メタメッセージを伝えるための武道部メソッドをいくつか紹介した。全て、指導者の言説をどのように聞き、どう考え、どう行動したら自分の成長に繋がるのかを、実践経験の中でうまくつかませようとするものである。それらが複合的に支え合うことによって、具体的な指導の場で、学生はうまくメタメッセージを受け取ってくれるようになるのである。
 この梯子をきちんと最初にかけておきさえすれば、その後の指導や学生とのコミュニケーションは、非常にやりやくなる。それだけでなく、武道部を離れた普段の学生のコミュニケーションの質が、格段に上がるのである。
 これは日常生活だけでなく、やがて優れた技術者として自分の能力を発揮するための、大きな力となるはずである。


 具体的な成果は、もちろん在学中に現れるのであるが、学生がそれを自覚するのは、就職活動、新入社員研修、また実際に仕事を始めてから、つまり外部に出てからのようである。
 例えば、昨年度修了生が、「内定者研修は、武道部で学んだことと全く同じだった」と、部員全員の前で報告した。3~4人のグループで行う課題で、5グループ中2グループしか達成できなかった難題だったが、彼のグループは一番に、しかも難なく達成したという。彼は様々な武道部メソッドを駆使したようだが、本稿に関することでいうと、彼は、その課題で求められている能力が何であるか、課題の意図は何か等をきちんと受け取っており、それに基づいた、メンバー間や先輩社員とのコミュニケーション、グループのまとめ方、仕事の進め方等の実践能力を備えていたのである。
 彼は、会社とは別の勉強会でも武道部メソッドを実践した結果、シリコンバレーのロボット系スタートアップを招いたディナーに招待され、さらにそこでもコミュニケーション能力を遺憾なく発揮してきたという。
 また、現在新入社員研修で、新入社員のみによるプロジェクトを実施中の修了生からも、リーダーとしてチームをまとめ、プロジェクトを推進中であると報告があった。もちろん苦労も多いようだが、困難に出会ったときほど、武道部での経験が生きるようである。
 さらに会社に入って数年たち、「武道部だったらどうするか」という基準を意識しながら、自分の仕事をしている修了生もいる。詳細は高専連携教育研究プロジェクトのWebサイト[注10]に順次掲載中である。


 本稿で紹介したメソッド自体は、多かれ少なかれ、どの指導者も行っていることだろう。本稿の意図は、そのような多くのメソッドを共有することである。本稿を契機として、多くの優れたメソッドが共有され、技術者教育として意義付けられば、と考えている。


[編集] 出典 脚注
注1)『カリスマ体育教師の常勝教育』、日経BP社、2003など。
注2)日本経済団体連合会の「新卒者採用に関するアンケート調査」は、第1位は5年連続で「コミュニケーション能力」であり、「協調性」「主体性」「チャレンジ精神」「誠実性」「責任感」と続く。
http://www.keidanren.or.jp/indexj.html
また朝日新聞の主要企業100社へのアンケートでも、「コミュニケーション能力」が一位で、「行動力」「人柄」「熱意」と続く。(2009年3月29日付)
注3)「技術者教育としての課外活動の可能性~武道部メソッドの試み~」、平成20年度高等教育講演論文集、pp.123-126、独立行政法人国立高等専門学校機構、2008
注4)三崎幸典教授(詫間電波高専)、山田誠教授(函館高専)、岩崎洋平助教(八代高専)、江本晃美助教(福井高専)。
注5)『精神の生態学』(改訂第2版)、新思索社、2000
注6)『プロ教師の生き方』、p71、羊泉社、1996
注7)『夢を絶対に実現させる方法』、p110、 日経BP社、2005
注8)『宇津木魂』、p35、文藝春秋、2008
注9)『先生はえらい』、筑摩書房、2005
注10)http://hse.tut.ac.jp/nakamori/ engineer_training/index.html