豊橋技術科学大学 総合教育院

教員の生の声

教養教育が目指すもの


総合教育院 鈴木新一

 大学の講義には、教養科目と専門科目があります。専門科目の価値や目的は分かりやすいものです。ニュートン力学は飛行機を飛ばし、ロケットを飛ばし、人間を月にまで連れて行きました。量子力学は電子顕微鏡を生みだし、電子顕微鏡はエボラウィルスの構造を明らかにしています。この様に専門的知識は社会を前進させ、人間の活動領域を拡大しています。また個人の立場から見れば、専門的知識はその人に職業を与え、経済的基盤を与えてくれます。

 しかし、人間とは複雑なもので、専門的知識だけでは必ずしも賢くはなれず、幸せにもなれません。人間には専門的知識だけではカバーできない別の側面があります。その一例が恋愛です。

 恋愛は、人間が持つ最も強い感情のひとつです。そのため、古くから多くの文学作品で取り上げられてきました。有名な作品の一つにゲーテの「ファウスト」があります。

 ファウスト博士は、世界を理解するために独身のまま学問に没頭します。しかし晩年、それに虚しさを感じ、若い娘マルガレーテに恋をします。そして、悪魔メフィストフェレスに魂を売って若返り、マルガレーテと愛し合い、彼女は妊娠し、悲劇が訪れます。

 「ファウスト」はゲーテが60年の歳月を費やして書きあげた作品であり、人間には専門的知識だけではどうする事も出来ない側面があることを物語っています。そして、この様な側面に光を当てようとするのが教養科目の狙いです。

 教養科目が目指しているものは、受講者の全人格的な成長です。しかし、全人格的成長が表に現れてくるのは50歳を過ぎてからであり、若い学生が教養科目の役割と意味を理解することを難しくしています。しかし意味を理解することが難しくても、教養科目が必要なことに変わりはありません。

 才能溢れる数学者や音楽家が、その研鑽の過程で精神を病んでしまうことがあります。このことは、優れた才能と長期間にわたる高度に専門的な訓練が、ときとしてその人の人格にひずみを与える可能性があることを示しています。現代のファウストかもしれません。

 最初に述べたように、専門科目の進歩は、未知の世界を切り開いていきます。それは、どの様な世界が現れて来るか分からないことでもあります。未知の世界に進んで行く時、個人の人格の安定と成長は決定的に重要です。そのような場面で、教養は十分な力を発揮することでしょう。

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