高専生の国際科学オリンピックへの挑戦とその教育的効果


 筆者らは、平成18年度から奈良高専(以下、本校と略す)において、課外活動を積極的に活用して、学生の学習意欲を高め、低学年からの技術者教育を推進する技術者教育プロジェクトを立ち上げた[注1]。活動の大きな柱は、研究活動・国際科学オリンピックへの参加・サイエンスボランティア活動などである。
 国際科学オリンピック(以下、オリンピックと略す)は、世界中の中等教育課程の生徒を対象にした科学技術に関する国際的なコンテストである。日本では、数学・物理学・化学・生物学・情報・地学の6分野において、科学技術振興機構の国際科学技術コンテスト支援事業として、国内予選開催や国際大会への選手派遣に予算支援が行われている。将来の科学技術を支える人材の発掘・育成に繋げるために、各分野において財団や委員会が設立されており、国内予選の実施・代表選手の決定・オリンピックへの選手派遣等が行われ、毎年メダルを獲得している。
 本校では、平成18年度よりオリンピック出場に向けてチャレンジを開始した。平成19年7月開催の第18回国際生物学オリンピックに本校学生を日本代表として参加させることができた[注2]。本論文では、その経緯や他のオリンピックへの参加状況などについて報告し、高専生のオリンピック参加の意義・その効果などについても考察を行った。



 オリンピックの参加資格は、20歳未満でかつ高等教育機関に在籍していないこととされており、日本では通常、高校生および高専1~3年生に参加が認められている。高専は理論的な基礎の上に立って、実験・実習を重視した技術者教育を行っている。このため、高専生が国際科学オリンピックに挑戦することで、数学や物理などの専門基礎科目および専門科目の学習成果の発揮、学習意欲の向上などの多面的な教育効果が期待できる。
 このため、筆者の内の数名が、平成18年度より本校物質化学工学科の学生に化学オリンピックおよび生物学オリンピックの国内予選への積極的な参加を呼びかけた。一方、このような学生の活動の受け皿として、同好会組織「サイエンス研究会」(以下、本研究会と略す)を平成18年4月に設立した。本研究会では、オリンピックへの参加以外に、研究活動・サイエンスボランティア活動なども行っている。必要な経費は、学内の戦略的経費特別事業の一つとして、「課外活動を通した科学技術教育の推進-低学年からの技術者教育-」のテーマで平成18年度から5年間の予算措置を受けている。以下に、本校における生物学・化学・数学・情報・物理オリンピックへの挑戦について述べる。


 平成18年12月、国際生物学オリンピック日本委員会(JBO)主催の第18回国際生物学オリンピック第一次国内選考試験に、物質化学工学科2年の学生4名が参加した。その内の1名(竹内準二君、当時2年生)が、得点85点で優秀賞(851名中3位。成績上位5%の受験者に与えられる)を受賞すると共に、第二次国内選考試験の参加予定者(上位19名が参加)となった。第一次国内選考試験は、マークシート方式の100点満点の理論問題(参加者851名、平均点42.6点、標準偏差14.5点)であった。本校の残りの学生の成績は、63点(85位)、49点(262位)であった(残り1名は成績不明)。物質化学工学科では1年次に生物を2単位履修しているが、普通高校と比べて生物の授業時間は少ないので、学生が自学自習で好成績を得たと考えてよいであろう。
 第二次国内選考試験は生物学実験を中心として実施されるが、本学生の実験技術・知識だけでは不十分であった。このため、奈良女子大学理学部生物科学科(以下、奈良女子大と略す)にも協力を依頼して、本校と合同で3月初旬から生物学実験のトレーニングを実施した。実験内容は、解剖、形態観察、植物色素のクロマトグラフィー、生物の系統分類、発生の観察、DNAの電気泳動・PCR・シークエンシング、さまざまな顕微鏡と微生物、酵素反応など、多岐に渡った。
 平成19年3月中旬、合宿形式による実験主体の第二次国内選考試験が実施され、3月下旬に第18回国際生物学オリンピック派遣候補者の1人に決定した。選考試験の出題者が事前に分かっており、出題内容を予想してトレーニングを実施しており、これが選考試験で非常に役に立ったようである。
 派遣候補者に決定後、すぐにJBOによる派遣特別教育が始まった。派遣特別教育は、東京大学で実施される合宿(2回)とJBOから指名された奈良女子大教員による指導により行われた。奈良女子大での派遣特別教育は、平日の週1~2回、本学生が奈良女子大の授業(学生実験)に交じって、指導を受けた。また、本校でも毎週土曜日に引き続きトレーニングを実施した。
 第18回国際生物学オリンピックは、平成19年7月15日~21日にカナダのサスカトゥーンで開催された。その一連の経緯を以下に示す。
  • 7月14日
  •  結団式、成田からサスカトゥーンへ出発。
  • 7月16日
  •  開会式、実験室見学。
  • 7月17日
  •  実験課題試験(90分×4回)。終了後、ワヌスケウィン公園でテント野営。
  • 7月18日
  •  自由時間。
  • 7月19日
  •  理論課題試験(150分×2回)。
  • 7月20日
  •  プリンス・アルバート国立公園でのエクスカーション。
  • 7月21日
  •  表彰式およびパーティー。
  • 7月22日
  •  サスカトゥーンを出発(カルガリー経由、バンクーバーで観光・宿泊)。
  • 7月23日
  • バンクーバーを出発。
  • 7月24日
  •  日本帰国。
  • 7月25日
  •  文部科学大臣および科学技術政策担当大臣に帰国報告後、解散。その後、本学生は三木と共に国立高等専門学校機構の河野理事長および河村理事に受賞報告を行った。
  • 8月18日
  •  JBO主催のハイスクールフォーラム2007「国際生物学オリンピック挑戦のすすめ」に参加し、参加報告・パネルディスカッションを行った。
  • 10月26日
  •  国立高等専門学校機構理事長表彰を受けた。
 大会自体は非常にゆったりとしたスケジュールで実施され、選手同士のコミュニケーションの機会が多く設けられている。本学生は、193人中97位の成績で、銅メダル(写真1)を獲得し、高専生初のオリンピックでのメダル獲得となった。その後、前述のハイスクールフォーラム2007を始めとして、生物学オリンピック関係のイベントに参加しており、オリンピック参加を切っ掛けとして、活躍の場を広げている。
 なお、平成19年は3名(物質化学工学科1年2名、2年1名)が第1次選考に参加したが、第2次選考には進めなかった。また、平成20年は第一次国内選考試験(平成20年度から全国生物学コンテスト「生物チャレンジ」と名称変更)の日程変更の関係で参加者は1名のみであった。

 平成18年7月、「全国高校化学グランプリ」の一次選考に、6名(物質化学工学科2年4名、3年2名)が参加したが、2次選考には進めなかった。また、平成19年は、5月上旬から4年生を講師にして、自主的な勉強会を週1回開催し、10名(物質化学工学科1年4名、2年1名、3年5名)が高校化学グランプリに臨んだが、二次選考には進めなかった。この時の参加者は2009人で、二次選考通過者が61人であった。平均点が52.9点(300点満点)で、本校参加者の最高点が130点であり、得点分布3)から推測すると、二次選考通過には10点程度足りなかったと考えられる。平成20年も同様な勉強会を開催し、7名(物質化学工学科2年6名、3年1名)が参加したが、本校参加者の最高点は205点(平均点117.8点)であり、二次選考進出点3)には18点の不足であった。しかし、授業+自主的勉強で、一次選考には十分対応可能であることが分かった。


 日本数学オリンピック予選には、平成19年と20年には2名ずつ、平成21年には1名が参加したが、いずれも本選には進めなかった。この予選のために、平成19年度までは学生と教員とで週1回程度、数学の問題を解く勉強会を行っていた。しかしながら、平成20年度の1年生で数学オリンピックを目指す学生が少数であったこと、上級生が年齢制限のため予選に参加できないことなど、予選突破への意欲が減少した。このため、平成20年度は、やや惰性化してきた勉強会のあり方を変えることにした。学生の意欲を刺激するため、アメリカのゾムツール社が開発した「ゾムツール」を購入した。これは化学の分子模型のように、直径2cmほどのボールへ棒を突き刺して立体を作ることができるツールである。英語のテキスト(G. W. Hart, et al., Zome Geometry: Hands-on Learning with Zome Models, Key Curriculum Press)も購入して、それに従ってゾムツールの勉強会を始めた。学生3名(いずれも3年生)が輪番で英語のテキストを読み、テキストの演習問題(ゾムツールを使った作業)に取り組んでいる。
 一方、この勉強会メンバーで平成20年度の青少年のための科学の祭典奈良大会へ「算数(数学)で遊ぼう」をテーマに出展することになった。学生は出展に対して強い関心を示し、内容を自主的に考えて、小学生向きのワークシート(一筆書き・魔方陣・タングラムなど)を作成した。会場ブースでは、小学生など多くの人が来場し、ゾムツールやワークシートを用いた来場者とのやり取りを通して、学生は多くの刺激を受けたようであった(写真3)。学生は次回の出展へも意欲的になり新たな活動目標になった。学生が数学オリンピックだけでなく、学外者との関わりに目を向けるようになったことも、大きな成果の一つであった。


 国際情報オリンピック参加へのサポートは、平成19年度から開始した。情報工学科教員2名が中心となって、情報工学科を挙げての協力体制を整えた。情報工学科の学生に、国内予選となる日本情報オリンピックへの取り組み内容の説明、参加呼びかけを行った。参加希望学生には、情報工学科内に導入されているe-Learningシステムを利用し、プログラミングを自学自習できる環境の提供を行った。また、オフィスアワーやメールなどを利用して、学生の質問に対応した。また、これとは別に学内のクラブ組織である情報処理研究会に対しても積極的な参加を呼びかけ、クラブ活動として参加するように指導を行った。情報処理研究会では、日本情報オリンピック参加希望者だけでなく上級生やOBを交えて勉強会を開催し、日本情報オリンピック参加への準備を行った。
 平成20年12月14日に開催された日本情報オリンピックに12名の学生が参加した。予選は、インターネットを介して行われ、3名は学内の演習室から、9名は各々の自宅からの参加となった。結果は、情報処理研究会所属で情報工学科2年生の学生1名が本選進出となるAランク(406名中38位以内)の評価を得ることができた。また、5名の学生がBランク(406名中39位以下147位以内)、6名の学生がCランク(406名中148位以下)であった。
 予選通過学生には、本選が行われるのと同じコンピュータ環境を構築するように指導し、PC・書籍の貸与や情報処理研究会による勉強会を引き続き実施した。本選は、平成20年2月7~8日に東京で開催され、第21回国際情報オリンピック・ブルガリア大会日本代表選手候補者(50名中上位20名)に入ることはできなかったが、来年度以降に期待ができる成果であった。


 平成20年度、電気工学科2年の学生が国際物理オリンピック国内予選である「物理チャレンジ」への参加を申し出た。学生の「どこまれやれるか試してみたい」というチャレンジ精神に応えるため、サポートを開始した。物理チャレンジの「第1チャレンジ」は実験課題レポートと理論問題コンテストで行われる。実験課題レポート作成に関しては、実験機材の貸し出しや実験場所の提供を行っている。また、実験のアイディア・方法・結果・考察を聞き、アドバイスを行っている。理論問題コンテストに関しては、過去問題の学生の解答をチェックし、正解できなかった問題の解説を行っている。過去問題の意図やその背後にある物理的意味についてのレクチャーも行っている。
 この学生たちは、物理や数学、専門科目に強い興味を持ち、意欲的に取り組んでいる。友人も実験に協力しており、彼らの姿が周囲にも良い影響を与えている。このような効果が少人数に限らず、他学科、他学年へと広がり、自主的に学び、考える姿勢を形成するための切っ掛けになることを願っている。


 オリンピック挑戦の教育的効果は、以下の4つが考えられる。

(1)学習意欲・能力の向上
 高専低学年における勉学への興味付けは、目標設定が難しく、容易ではない。このため、技術者に夢を持って入学してきた学生が、勉学への興味を失うことも多い。その意味で、オリンピックへの挑戦は、高専生に対して勉学面で大きなモチベーションおよびインセンティブになると考えられる。このことは、平成19年7月27日付の国立高等専門学校長宛の「国際的な科学技術コンテストの学生への周知について」の事務連絡文書にも記されていた2)。前述のように、本校ではオリンピックを目指した各種の自主的な勉強会が行われており、学業成績が上位の者だけでなく、下位の学生も参加している。オリンピックの出題が、大学レベルの内容から行われていることを考えると、オリンピックに向けたレベルの高い学習内容は、学生の意欲・能力を顕著に高めると考えられる。
(2)高専独自の指導方法
 現在までに、多くの高専生がオリンピック国内予選に参加してきており、表1に示すように、化学・生物学・情報分野において、優秀な成績で表彰されている。高専は、普通高校と比べると早い段階からの科学教育が充実しており、オリンピックには適した勉学環境である。国内予選の実験・実習などのトレーニングも、高専ではサポート体制が整備しやすい。勉強会では、オリンピックの年齢制限を超えた4年生以上が低学年生を指導しているケースもあり、高学年生にも学習意欲を与える効果がある。これらは高専独自の方法として大いに期待できる。
(3)学校に対する誇り
 学生がオリンピックに出場したことは、多くの学生の自信や励みとなり、学校に対する誇りも生み出すことが本校の場合に見られた。これは筆者らが想像もしていなかった教育的効果であった。
(4)高専の広報
 オリンピックは高専生が大いに活躍できる場であり、高専自体の実力を発揮できる場である。オリンピックやその国内予選に関係している高専教員も多い。各高専がオリンピックへの参加を積極的に推進すれば、毎年代表選手を送り出すことも夢ではないだろう。テレビ・新聞などによる広報効果は大きく、1人の高専生のオリンピック出場は、全国高専の広報になると考えられる。これほど明確な広報手段は他には考えらず、優秀な高専志願者を確保する1つの方法となるであろう。
a) 平成20年度から全国生物学コンテスト「生物チャレンジ」と名称が変更された。
b) 2007年7月15?22日にカナダで開催された第18回国際生物学オリンピックに出場し、銅メダルを獲得した。
c) 2007年8月15~22日にクロアチアで開催された第19回国際情報オリンピックに出場した。


 平成19年は、一関高専の学生も国際情報オリンピックに出場しており、高専にとって記念すべきオリンピックイヤーであったと言える。学生の知的好奇心を刺激する目標を示し、そしてそれを具体的に実現するためのサポートシステムを用意すれば、高専生はその目標に向かって動き出す能力を持っていると思われる。このことは、学校・教員にとって非常に重要なことである


参考文献
注1)三木功次郎他、課外活動を利用した技術者教育の推進~多面的な教育効果を狙った新たな試み~、平成20年度高等専門学校教育教員研究集会講演論文集、pp.283-286(2008)
注2)三木功次郎他、奈良高専学生の国際生物学オリンピックへの挑戦、奈良工業高等専門学校研究紀要、44、pp.53-55(2009)
注3)夢・化学21委員会および日本化学会化学教育協議会作成、全国高校化学グランプリ2007実施報告書および全国高校化学グランプリ2008実施報告書