高専における国語教育の取り組み―スピーチ実践を通しての読書指導の一試論―

焼山廣志


本校に於いては、国語は1年次で3単位、2年次2単位、3年次2単位、4年次1単位、5年次1単位の計9単位を常勤2名、非常勤3名の計5名で担当している。高専の中での国語という教材はこの単位数だけに限ってみても同年代の在籍する普通高校等に比して随分低い位置付けになっていることを認めざるを得ない。高専の教科改革が叫ばれて久しくなるが、国語においては教科内容、時間等を大幅に改善することは、他の優先される教科等との関わりもあって余り期待できないのが現状の様である。本校においても来年度から実施される新カリキュラムの改訂にむけて討議が続けられているが、現状の9単位を維持することが精一杯の状態である。こうした事態だからこそ、逆に高専としての独自性のある国語教育とは何かを、今、根本から問い直さなければならない所に立たされていることを痛感する。限られた時間数の中で学生の国語に対する興味をどう引き出して行けばよいのか、正しく教える側の真摯な姿勢が大きく問われている時でもある。そうした中で、今回は、1年生を対象に読書指導の一環としてスピーチを実践してみた一試論を以下に紹介し、御批判を仰ぐしだいである。

高専に入学して来る1年生を担当してみて感じることは(あくまでも国語という教科に限っての事だが)中学校時代の基礎学力は、ここ数年、年を追うごとに高まって来ているようだが、それに反比例するかのように読書体験が希薄になってきている点である。受験に勝ち抜く為には読書に充てるべき時間を犠牲にしてでも、受験技術の習得に力を入れた方が得策だとする打算が働いているのか、本校の一年生に読書調査をしただけでも驚くほど読書の体験をしていないのである。ましてや文学作品と言われるものになると教科書に出て来るもの以外ではほとんど目にしていないのが現状のようである。活字離れが、世人の口上にのぼって久しくなるが現代の若者の風潮として聞き流すのは一国語教師として良心が咎めてならないのである。私としては現代の若者が読書嫌い、活字嫌いであると断言する前に、若者に読書をする喜び、機会を本気で周りが与えているのかという疑問が先立つ。卑近な例としては、私が高校に在職中本を読ませる為に、長期休暇の前に「読書感想文」という形で指定図書或いは推薦図書を提示し、学生にそれについての感想を原稿用紙にまとめさせることを機械的に求めて来た。学生にとって読むこと自体に興味がもてないのに更に感想文として、書き、まとめる事を強要されるわけだからこれが苦痛になってしまうのは自明の理である。しかし、この矛盾を知りながら大学受験という目標を前にそれに合格できるだけの学力習得を求められる過密なカリキュラムの消化の中では、これ以上の読書指導に時間を割くことはなかなかできなかったのが私の実体験である。
高専に移りまず考えたのは、とにかく書を読むことのおもしろさ、必要性をじっくり学生に投げかけられないかという事であった。その為にいろいろ模索をしてみた。紙面の都合上、その一つ一つを挙げ分析する余裕はないが、そうした取りくみの中で昨年より継続して二年目に入るスピーチという形態を取り込んだ読書指導について言及してみたい。スピーチそのものの取りくみについては、今、殊更報告できるほどの斬新なものとは思われない。逆に、先学の優れた実践例が多く公にされているのである。この研究成果に負いつつこれを「読書についてのスピーチ」と限定し、スピーチをする者がその前に必ず読書をしているという前提の上でスピーチの内容評価を行った所に今回の実践報告の主眼がある。人前で話をする以上、真面目な読書姿勢が要求されるのも、単なる読書を通読レベルで終わらせたくないという実施のねらいと合致したのである。幸い、学生にはこの取りくみは概ね肯定的に受け入れられたようである。その具体的な実践例を以下詳述してみる。


実施したのは1年機械工学科40名。内、女子2名。1年電気工学科41名。全員男子の2クラスである。実施した期間は後期に入ってからの11月から2月末までである。 国語という教科に関しての2クラスの学生の取りくみであるが、授業態度やレポートの提出状況はいたって良好でいる。しかしながら国語そのものについては中学校時代は不得意な教科であったと答える学生が圧倒的に多い。読書についても日頃はほとんどしないという学生が大半である。この様な状況の中で学生に提示した事は

  1. 教科書『高等学校国語I三訂版』(大修館書店)の付録にある「日本文学史年表(近代篇)」の小説の欄の1900年から1974年までの作品群より51の作品を取り挙げこの中から一つ自分の読む作品を決めること。(資料①参照)
  2. 資料① 「読書レポート」対象用文学
  3. 決めた作品についてのレポートをスピーチをする前時の授業までに作成し提出すること。レポートの内容として(1)作者について(主要作品についても言及すること)(2)作品のあらすじ(登場人物や作品の背景についても言及すること)(3)この作品を読んでの所感(350字以内)の3点についてをB4判の清書用紙に記すこと。(資料②参照)
    このレポートの評価はスピーチの「原稿」の項目で5点満点で行なう。
    ※留意事項として51の作品の中で同一作品に複数の者が希望した時は2人まで許可することにし、それ以上はほかの作品を選ぶように指示する。
  4. 資料② 国語・読書レポート
  5. この作成した「読書レポート」をもとに作品を読んでの所感を3分以内のスピーチとして全員の前で発表することとする。この得点は「時間」「音声」「態度」「内容」の4項目合計15点満点で評価する。
    ※留意事項としてスピーチの順番は抽選で決定する。またスピーチ時に欠席の場合は、原則としてその評価は全て0点とすること。
    前の(2)の「原稿」点と(3)の4項目の合計点20点は3月初旬の学年末試験(筆記試験)を80点満点で作成し、それに加える形をとることとする。
の3点である。後期の11月中旬よりこの実施要項を全員に発表し早速、読書書名の申請を行なわせ、同一作品が2名以内におさまるよう調整をした。その際、ほとんど読書体験のない学生には51の作品のあらすじ等、適宜助言した。その申請した書名一覧が資料③である。そしてその書名をスピーチの発表題目とさせた。学生の決めた作品については冬休み等に読破できるように時間的余裕を与え、スピーチの実施は、1月より原則として週3時間中1時間をそれに充てることを予告する。1時間に5人から6人位の発表を想定し、8から9時間で全員終えることを目標とした。発表の順番は籤引きしてクラスの掲示板に12月中に提示しておいた。


次にスピーチの実施要領について具体的に言及してみる。
このスピーチの実施を思いたった理由は、本校に赴任する前、高校において同僚の国語教師達がチームを組んでこのスピーチの授業実践を長年続けており、学生側からも比較的評判の良い科目となっていた体験が私にも与えられていたからである。その実践報告として拙稿(「国語表現の授業のとりくみ」九州国語通信6号<九州地区高等学校国語教育研究協議会編>)で詳述した事を踏まえ、本稿においても、本校の卒業生の大半が社会人となる現状を考えた時、このスピーチの導入は決して無意味ではないと判断したからである。

〔授業内容(「スピーチ」)要項〕
  1. 発表時間は1人3分間である。2分間を割った者は評価外にし、再度後日発表させる。
  2. 発表原稿は必ず発表前時までに教師に提出し内容の助言、指導を受けさせるように学生に指示する。
  3. 発表時は原稿を見ず、暗記して話すことを要求する。原稿を学生が見た場合、その場で評価を中止し、再度後日発表をやり直させる。原稿はスピーチのアウトライン程度でよく、原稿の通り話すことは求めていない。
  4. 発表時の評価は「内容」「音声」「態度」「時間」の4点で行ない、「内容」については5点「態度」については3点「音声」については3点「時間」については4点満点で各々採点するものとする。
    (評価例は資料③を参照の事)
資料③ 国語スピーチ題目一覧及びスピーチ評価一覧

次にこうした要項に従い実際の授業で展開する手順を以下紹介する。

<準備>
  1. スピーチをする順番を抽選で決め、各自で条件(3分間のスピーチ)を満たす内容を考えてくるように指示しておく。
  2. スピーチの原稿は発表前に提出させる旨を学生に知らせておく。
<授業>

スピーチは一時間(50分)の授業につき6人前後を指名する。発表させる前に全員にスピーチ感想表(資料④参照)を配り、座席の列毎に発表者の6人の中の誰について感想を記すのかを指示する。発表者は指名されるとスピーチのテーマ(読書した書名)と氏名を板書した後発表に移る。教師はストップウォッチを持参し、時間の測定にかかると同時に成績記録簿の評価表の中に「内容」「音声」「態度」「時間」の4点で評価を記入し始める。発表者にスピーチの途中沈黙があったりした時は時間のカウントを中止する。

全てのスピーチが済んだあと、学生各人にスピーチの評価と感想を前述の「スピーチ感想表」に記させた後、回収する。

資料④ スピーチ感想表
<事後作業>

「スピーチ感想表」を回収したものを一読した後感想の欄で、内容を逸脱して発表者個人への誹謗、中傷している者、或いは感想を全く記していない者は個別に呼び出し指導、反省を求める。その他の感想表は検印を押した後下欄の切り取り線より氏名欄を切り取って、発表者毎にまとめ、次回に発表者個々人に手渡す。
以上の授業の経過を整理、図式化すると次のようになる。(資料⑤

資料⑤

以上の取りくみで実施した後、3月初旬に全員を対象にしてこの授業の感想を書かせてみた。質問事項は「今回、実施した読書スピーチについて君はどう思ったか。率直な感想を述べよ」としてこの項目以下は余白とし、そこに自由に論述できるようにした。その分析結果を以下に整理してみる。

(回答者数)
1年機械工学科 40名
1年電気工学科 41名

(A) (1)「読書レポート」と(2)「スピーチ」の
二点に触れて論述しているもの
1年機械工学科1年電気工学科
7人11人
〔内訳〕
(1)「読書」の取りくみについて
(1)a積極的評価をしている者機械工学科2人
電気工学科8人
(1)b消極的評価をしている者機械工学科5人
電気工学科3人
(1)c否定している者機械工学科0人
電気工学科0人
(2)「スピーチ」の取りくみについて
(2)a積極的評価をしている者機械工学科1人
電気工学科7人
(2)b消極的評価をしている者機械工学科5人
電気工学科4人
(2)c否定している者機械工学科1人
電気工学科0人
〔学生の感想文例〕
(1) a
  • スピーチがあったことによって本というものが分かった。読書は一般教養なのでこれからもできるだけ多くの本を読みたい。
  • このスピーチがあってよかったと思う。普段全然といっていいほど本を読まない僕達が本を読めたし、僕自身大変楽しく読むことができ、本のおもしろさがわかった。(電気工学科・男)
(1) b
  • 小説は好きではないのでいやだった。やる気が起こらなかったが、小説を読み始めてだんだんおもしろくなってきて最後まで読み終えた。今思うとやってよかったと思う。(機械工学科・男)
  • 読書レポートを提出するまでの間が苦しかった。しかし、このような機会があってよかったと思う。高専に来たからこそできた経験だったと思うし、今後も年一度位の実施なら良いと思う。(電気工学科・男)
(2) a
  • いろいろな文学作品の内容などをスピーチしたことによってたくさん知る事ができたし、また自分で作品について調べてそのことについて皆の前で発表したことは良い経験になったと思う。(電気工学科・男)
  • 発表を聞いて各個人の個性みたいなものがわかるような気がしておもしろかった。
(2) b
  • 人前で発表するのはにがてなのでつらかった。しかし人前で意見を言うというのは大切なことなのでまたやっても良いと思う。(機械工学科・男)
  • いざスピーチとなるときれいさっぱり忘れてしまって口から出てくる言葉はバラバラだった。とにかくとても緊張したので終わってホッとしている。(電気工学科・男)
(2) c
  • 感想の発表の時に、感想を暗記してというのがすごい不安だった。スピーチについては好きではないのでやって欲しくない。(機械工学科・男)

(B)「読書レポート」についてのみ
論述している者
1年機械工学科1年電気工学科
5人11人
〔内訳〕
○「読書」の取りくみについて
a積極的評価をしている者機械工学科3人
電気工学科6人
b消極的評価をしている者機械工学科2人
電気工学科4人
c否定している者機械工学科0人
電気工学科1人
〔学生の感想文例〕
a
  • あまり小説を読まない人も小説にふれることができてとても良かったと思う。これを機にたくさんの本を読んでみたいと思う。(機械工学科・男)
  • 多くの有名な作品の内容やおもしろい所などたくさん知ることができた。(機械工学科・女)
  • 自分の考えを率直に、この本に対して自分はこういう感想をもったという表現ができてうれしかった。(機械工学科・男)
  • はじめはなぜ、そんなことをするのだろうかと疑問に思った。でも実際本を読み始めると自分の方がやめられなくなった。多分先生は本のおもしろさを知ってもらうためにスピーチをしたと思う。それが少し分かった。また今も漱石の本を読んでいる。(機械工学科・男)
b
  • あまり本を読まないので内容がつかめず、レポートがまとめにくかった。(電気工学科・男)
  • めったに読まない小説を読んできつかった。しかし、またやってもよいと思う。(電気工学科・男)
c
  • いやでした。なぜなら小説を読むのが大きらいで、ましてや感想文などを書くのはもっときらいだからです。こういう経験が大切なことはわかっていますが、いやです。(電気工学科・男)

(C)「スピーチ」についてのみ
論述している者
1年機械工学科1年電気工学科
28人19人
〔内訳〕
○「スピーチ」の取りくみについて
a積極的評価をしている者機械工学科19人
電気工学科3人
b消極的評価をしている者機械工学科9人
電気工学科16人
c否定している者機械工学科0人
電気工学科0人
〔学生の感想文例〕
a
  • とてもおもしろかった。スピーチが終わった後の安心感や、やりとげた満足感がたまらなかった。(電気工学科・男)
  • 皆よく調べていてきちんと発表し、何よりも個性があってよかったと思う。人前で話すことはあまりないのでよい経験だったと思う。(機械工学科・男)
  • とても良い事だと思う。前で発表して自分の主張をすることは、そんなにどこでもできないし、発表してうまく言えたりすると自分に自身がつく。(機械工学科・男)
b
  • スピーチをすると言われた時は、したことがなかったのでいやだと思った。しかし自分のスピーチの時は全員が自分の話を聞いてくれるのがうれしかった。感想も良いアドバイスになり有難かった。全体的に見て大変だったけれども良い経験になった。(機械工学科・男)
  • 人前で話すことが大のにがてだったのでとても困った。人の話を聞いて話し方のコツがつかめたのは良かったと思う。(機械工学科・男)
  • 人前で話すのはとても緊張した。たまに実施するならかまわないと思う。(電気工学科・男)
  • 初めはよかったがスピーチも後の人の発表になるとマンネリ化してきた。もっと他の人の真似をせず自分独自の表現をすれば、もっとよかった。(電気工学科・男)
  • スピーチなどしても同じだと思っていたがいざやってみると緊張して声もいつものように出ず、言葉もつまってしまい、いかにスピーチが難しいかがわかった。このスピーチによって話すことが好きになったことが不思議に思う。

以上の感想の分析等により概ね、この取りくみは学生に肯定的に受け入れられたことがわかり安堵した。ただ上記の〔学生の感想文例〕には取りあげていないが、2名の学生より「読書の感想を三分という時間に制限するのはおかしい。もっと自由に話させて欲しい。」旨の所感があった。このスピーチが40名余在籍する授業の中での取りくみという枠がある以上制約があるのは当然だが、何か考えさせられるものがあったことを付加しておく。ともかく、今回のスピーチの題材として読書を取り入れるという試みは、極論すれば私の思いつきで見切り発車した感も否めないが、不十分ながらも、一応の私の意図するものには到達し得たのではないかと思っている。

これからの課題としてのこうした学生側に萌芽した読書に対する興味を、以後どう開花させていくべきかという難題が立ちはだかっている。その一つの方策としては、今回の取りくみの終了後、全員に提出させた「読書レポート」をクラス人数分全て印刷をし、学生一人一人に読書案内としての手引書になるよう各自でそれをファイルに整理させてみたことを挙げることができる。これを実施した理由は学生一人一人が手作りで作成したレポートを後日読み直すことにより、他の未読の作品に挑戦する動機付けとして有効な手段になるのではないかという期待があったからである。

更にはこうした企画がマンネリ化しないようにそして単発的な取りくみに終わるのではなく、年間の国語教育活動の中できちんと位置付けるべきだと痛感する。今年度は昨年度のこの読書についてのスピーチの取りくみの成果を踏まえつつ、前・後期2回の実施をめざして読書指導に取りくんだ。年間2回のスピーチの実施は時間的に無理があるのでスピーチの導入は後期のみとし前期では「読書レポート」に改良を加えレポート作りに比重を置いた取りくみをしている。学生にはじっくりその作品の背景や作者等を調査できるように図書館での参考資料の紹介にかなり時間を割いている。又時間の許す限り、レポートの記述内容にも目を通し(まとめ方、字句など)単なる未消化のままの資料の引用に終始せず自力でまとめることのできるような態度の習得に主眼をおいて指導してみた。できることならば、これを2・3年次にも拡げていきたいのだが、週2時間の授業時間では取りくめる状況にないのが残念である。

以上、読書指導というには余りに不十分なものではあるが、今回は昨年の取りくみを通しての一試論として発表させてもらったしだいである。