コミュニケーションスキル能力を育てる高専国語授業の構築

○井上次夫・柴田美由紀

1. はじめに

 本研究は、コミュニケーションスキル教育を積極的に取り込んだ独自性のある高等専門学校(以下、高専という)における国語授業の構築を試みるものである。
研究の対象学年は3年生、学習活動としてはスピーチ、ディベート、及びプレゼンテーションを取り上げ、その授業概要を示し、考察を行う。

2.現状と課題

 近年、コミュニケーションスキル能力の育成が社会から強く要請されており、それを受けて多くの高専でコミュニケーションスキル教育に取り組み始めている。しかしながら、その実際を『高専における国語コミュニケーションスキル教育の評価と改善中間報告書』(平成14.15年度国立高等専門学校協会教育方法改善(東北地区高専)共同プロジェクト)により見ると、高専において行われている「コミュニケーションスキルとしての国語」教育のうち、およそ80パーセントの取り組みが「書く」能力の育成であり、著しく偏重している状況がある。しかも、「書く」能力の育成内容は読書感想文等の作文指導と漢字の指導とがほとんどを占めている。一方、「話す」能力の育成について同報告書で見ると、「コミュニケーションスキルとしての国語」教育のうち「話すこと」の教育はわずか13パーセント(全シラバスの2%)に過ぎないことが分かる。
  このような状況から、今後、高専国語の授業においてはこれまで以上に「話す」能力の育成を重視し、充実させていくこと、つまり、高専のコミュニケーションスキル教育として緊急に取り組むことが、大きな課題の一つになっていると言える。

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3.研究の目的と方法

3.1 メソッド1:スピーチ、ディベートの学習

 日本技術者教育認定機構(JABEE)の審査基準を見ると、その学習・教育目標の一つに「論理的思考に支えられた明晰な日本語によって記述し,発表する能力,学会等において討議できるコミュニケ-ション能力および国際的な場でのプレゼンテ-ション等の基礎的コミュニケ-ション能力を持った技術者の育成」が掲げられている。このことから、技術者教育にとってコミュニケーション能力の育成が必要とされていることが明らかである。本研究では、そのようなコミュニケーション能力を育成することを目的とした学習活動のうち、スピーチ、ディベートをコミュニケーションスキルの教育のメソッドの中に位置づけ、国語授業(3クラス)の中で実践する。

3.2 メソッド2:プレゼンテーションの学習

 本校(小山工業高等専門学校)の教育方針の一つに「コミュニケーション能力と国際感覚の育成:優れたコミュニケーション能力とプレゼンテーション能力を養い、社会環境や文化の枠を超えて活躍できる、国際感覚豊かな技術者の育成」が掲げられている。このことから、技術者教育にとってコミュニケーション能力及びプレゼンテーション能力の育成が必要とされていることが明らかである。本研究では、そのような能力の育成を目的とした学習活動のうち、プレゼンテーションをコミュニケーションスキルの教育のメソッドの中に位置づけ、国語授業(2クラス)の中で実践する。なお、ここでは各学科内でのクラス授業に加えて、学科の枠を超えた異学科クラスとの合同授業形式により、創造的なプレゼンテーションをめざす。

3.3 研究体制

 これまで研究構成員の柴田は、学生がスピーチ、及びディベートを行う授業を実施し、「スピーチ、ディベート」を通じてコミュニケーションスキル能力の育成を図る実践研究を行ってきている。一方、研究代表者の井上は平成19年度から2学科合同授業形式によるグループ単位で学生がプレゼンテーションを行う授業を始め、「プレゼンテーション」を通じてコミュニケーションスキル能力の育成を図る実践研究を行ってきている。
 平成20年度は、本校5学科(定員各40名)の3年生の国語(2単位)を柴田が3クラス(電子制御工学科、物質工学科、建築学科)、井上が2クラス(機械工学科、電気情報工学科)を担当し、それぞれのコミュニケーションスキル教育メソッドを取り入れた授業実践を行った。

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4.スピーチ

4.1 準備段階

 スピーチへの抵抗感・負担感を軽減するために、準備段階として班単位でのディスカッションを行った。質より楽しさを重視したディスカッションであり、授業の中にくつろいだ雰囲気を呼び込むのが目的である。ディスカッションの議題はカジュアルなものとした。また、ブレーンストーミングの手法を取り入れることで全員が発言しやすい雰囲気を作り出すとともに、班ごとに議論内容を報告し合う時間も取り入れ、人前に立ち声を出す感触をつかめるようにした。

4.2 目標

 スピーチの授業にあたり、次の目標を掲げた。
《 話す 》 1.人前に立って声を出す経験をする。
  2.まとまった内容の話を組み立て、原稿を準備し、持ち時間を意識して発表する。
《 聞く 》 1.スピーチの多彩な内容・表現に触れるとともに、級友の長所に学ぶ。
  2.人の話を、集中して聞く耳と、誠実に受け止める態度を養う。

4.3 実施計画

 授業のタイトルは「スピーチを楽しもう(スピーチ入門)」とした。時間配分予定と実施場所を表1に示す。おおむね予定通り進行したが、事後のアンケート結果によると原稿執筆の時間は個人のばらつきが大きかった。なお、執筆時間が不足する場合は自宅での執筆とした。さて、発表会場は視聴覚室(階段教室)とし、演壇にマイクを用意した。HR教室以外を会場とし、マイクを使用することで、雰囲気を演出し学生の集中力を高めるのがねらいである。さらに、服装は発表の公式的な気分が高まるように各自で工夫するように指示した。 なお、スピーチの発表中に教室の出入りがあるのは好ましくないので、遅刻は厳禁であることを強調した。 授業1時間あたり平均13名が発表を行った。司会進行は最初、指導者が行って手本を示し途中から学生司会(希望者)に交替した。

表1 スピーチの授業の時間配分予定と実施場所

 
時間数
実施場所
① オリエンテーション
1時間
HR教室
② 原稿執筆・リハーサル
2時間
HR教室
③ 本番
3.5時間
視聴覚室
④ 投票・総括
0.5時間
視聴覚室

4.4 学生の評価

  聞き手には「聞き手メモ」用紙を配布し、発表者1人ずつについて発表に関するコメントを課し、後ほど発表者本人に読んでもらうという前提をつけたため、聞き手の学生は発表者との対話をイメージしながら記入している様子が窺えた。全体的に3クラスとも熱心に発表に耳を傾けていた。後に行ったアンケートで「役に立った」と記入した学生たちは,「わかりやすい話し方」「話すときのスピードや発声の明確さ」「話の間の取り方」などの技術的進歩、「度胸がついた」「自分が大きくなれた」などの内面的成長を述べている。

5.ディベート

 導入は、ディベートを行う授業の全体の方向付け、動機付けを決定するものであり、牽引力のある的確な指導が要求される。そこで、ディベートは「徹底的に対立する」という方法で「考えを深める」ことがディベートの目的であると説明した。しかし、その「徹底的に対立する」という言葉を曲解し、相手をねじ伏せようという攻撃的態度で試合に臨み、、果たし合いのような試合を展開するケースが生じた。導入での方向付けが不十分だったことを反省したため、それまでの板書と口頭による説明から、「相手を言い負かすこと」が目的なのではなく、「議論を深めること」が目的とした対立という方法なのだと強調した教材①(資料1後掲)を作成した。熱する余りディベート本来の目的を見失いそうになっている班には、この教材に戻るように助言した。重要事項は口頭で説明するだけではなく、面倒でも文字媒体の教材を自作して学生に配布することで、理解と定着が格段に進む。教材にマーキングをしながら聞くことで理解が進み、また教材が常に手元にあるためフィードバックが可能になる。
  ディベートの授業が「創造的な議論」を体験する場となり、言葉の力によって問題を解決していくことの素晴らしさや面白さに気づく機会となることがディベート指導の大きな目標でもある。そうした指導を可能にする教材を目指してさらなる改善に努めたい。
  さて、ディベートを始めとするコミュニケーションスキル教育は、高専の学生が得意とする実習的要素を国語に取り入れることでもある。学生の反応は期待以上であり、国語を苦手科目とする学生にとっても新しい側面から興味・関心を掘り起こす十分な契機となる。国語はあらゆる科目の土台となる基礎科目である。母語を用いて思考し伝達することに理系・文系の別はないはずであるが、残念ながら、現実問題として、概して高専の学生の国語に対する認識は高いとは言えない。しかし、高専における国語の役割、そして可能性を十分に踏まえた説得力のある内容構成を提示し、学生の興味・関心を引き出すことができれば、学生の国語力の着実な向上が期待できると考える。


6.プレゼンテーション

6.1 必要となるもの

 効果的なプレゼンテーションの学習活動を行うためには、まず、WordやPowerPoint等のコンピューターソフト、OHP(Over Head Projector)やOHC(Over Head Camera)、コンピューター、プロジェクター等の情報機器、そして、それらが使用できる設備の整った教室といった外部環境が必要である。次に、それらの操作、運用に関する知識と技能が必要である。また、プレゼンテーションの内容に関しては、適切な題材が必要である。そして、聴衆を前にプレゼンテーションを行う際には、内容の構成、話し方、時間配分、質疑応答、また、グループでプレゼンテーション発表を行う場合には互いの意思疎通と協力を図る対話・調整能力が必要となる。ここでは、それらの知識、技能、能力を総称して「プレゼンテーション能力」と呼ぶ。

6.2 準備段階

 3年生の機械工学科と物質工学科という異学科合同授業形式をとることによる「コミュニケーション能力の育成」と「80名規模の聴衆を相手にプレゼンテーションを行う経験の意義」について事前にガイダンスを行った。その上で、学生は会場となる視聴覚教室(階段教室、210人収容)に集合し、各学科の出席番号順に対応するように指定された座席に着席し、自己紹介を行う。 最初は、隣席の異学科同士2人ペア、次に前後の2ペア4人グループ(基本的に同学科2人、異学科2人)で行う。次に、指導者が準備した国語常識に関する問題プリント(漢字の読み、書き取り、文学史、故事成語等)を各自で解答後、前述の4人グループで答え合せを行う。辞書等の使用は可として調べたり相談したりする学習を行う。その後、指導者が準備したPowerPointによる解答のプレゼンテーションを行う。その際、単に設問に対する正解だけを答えるのでなく、解答に関係する情報の提供(例:同義語や反義語、選択問題群で正解以外のものの意味や作者情報)、解答の示し方の工夫(例:文字の大小・種類・色、PowerPointのアニメーションの活用)を説明し、実演した。ポイントとしては、その設問の種類に応じた、効果的で適切な解答のプレゼンテーションを考え工夫することを強調した。
なお、プレゼンテーションの題材は問題集『国語常識の総演習』(京都書房)を使用し、そのBとCの問題解答を行うこととした。その問題(設問)の種類は、書き取り、対義語、語の意味、慣用句・故事成語、略語、四字熟語をはじめとする多様な問題であり、興味・関心を持って意欲的に学習できる内容である。この問題集を予習しておくことが毎週の課題であり、プレゼンテーション発表グループは担当箇所について特に念入りな予習を行うこととした。

6.3 目標 

 これまで交流がほとんどなかった他学科の学生とも協力して解答を確認したり、プレゼンテーションの方法を考えたり、実際に分担しながらプレゼンテーションを行ったりすることを通して、国語常識の知識を広く身に付けるとともに、相互のコミュニケーションスキル能力の育成を目標とした。

6.4 実施計画

 毎週、2コマ連続の授業(1コマ50分間)を組んでもらい、2コマで2グループ(1グループは4名)ずつプレゼンテーションを行った。問題集は、1A・1B~10A・10Bの計10回分すべてを終わらせることができた。
授業は、前回の問題集解答範囲の確認テスト(20問10分)からスタートし、その後、第1グループによるプレゼンテーション、質疑応答、指導者のコメント、続いて第2グループによるプレゼンテーション、質疑応答、指導者のコメント、前回の確認テストの返却とコメント、次時の予告というパターンで行った。

6.5 学生の評価

 すべてのグループによるプレゼンテーション授業の終了後、アンケート調査を実施した。そのうちプレゼンテーションに関しては、「高いレベルだ10.5%」「ほとんど問題なし25.0%」「だいたいよい56.6%」と肯定的評価が92.1%を占めた。また、Wordによる発表に対する肯定的評価は89.5%と高いのに対し、PowerPointによる発表に対する肯定的評価は75%であり、PowerPointによる発表にはまだ十分に慣れていないことが窺われた。しかし、情報機器を利用し、国語常識問題の解答をプレゼンテーションする授業に「慣れない」は7.9%に過ぎなかった。

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7.まとめ

  自ら考え、話題を設定したり取材をしたりして、実際に人前で「話すこと」を重視するコミュニケーションスキル教育は、コミュニケーション能力の育成の中核をなすものである。その実践に際しては、まず、個人でのスピーチが基本である。次に、グループ単位でのディベートという訓練法がある。そして、個人及びグループ単位でのプレゼンテーションがある。
 本稿では、それらの3形態による授業実践を試みる中で見えてきた、それらの学習活動への心構え、基本的な考え方、準備、展開法、評価等の一端をまとめた。いずれも学習者が主体となって初めて実行することができる活動であり、指導者はその裏方として綿密な計画と寛大な態度で学習者を支援することが肝要であることが明らかとなった。

8.おわりに

 従来、コミュニケーションスキルの育成は必要性が認識されていながらも、その実践については近年ようやく着手され始めたという段階である。このことは、高専に限らず日本の国語教育が手薄としてきた分野であると言えるだろう。学習指導要領にも大学受験にも縛られない位置に立つ高専国語は、その裁量の自由度の高さを生かし、今後、コミュニケーションスキル能力の育成に積極的に取り組んだ指導内容を提供するとともに、独自の国語授業を構築し、その在り方についての新しい情報を発信できるのではないだろうか。このことは、特定の高専の国語授業のみならず高専国語としてのカリキュラム全体にとっても大きな収穫となるはずである。そのような高専国語の将来を展望し、コミュニケーションスキル教育メソッドに役立つ情報を交換し、データベース化を行い、さらに適切な教材・テキストを開発していくことがこれからの課題であると考えている。

引用・参考文献

1) 井上 次夫「高専におけるグループ学習」高専教育、第33号 2010
2) 柴田美由紀「高専におけるコミュニケーションスキル教育 -スピーチの実践例を通して-」小山工業高等専門学校研究紀要、第37号、 p7-16、 2005
3) 柴田美由紀「高専国語におけるディベートの指導ー授業効果を高める教材のあり方」小山工業高等専門学校研究紀要、第40号、p 11-20、2008
4) 柴田美由紀「表現力を土台にした創造力の育成-コミュニケーションスキル教育の可能性-」高専教育、第32号、p507-512、 2009

 


資料1  教材① 「ディベート入門」


ディベート入門 ~創造的な議論のために~

1、ディベートとは?

 ディベート(debate)とは、「ある論題について、肯定側と否定側とに分かれ、徹底的に対立して主張を展開し、最終的にどちらの側がより説得力があったかを第三者が判断する討論会」をいいます。
ディスカッション(discussion)は、「意見の一致を求め協力して問題の解決を図る話し合い」であり、時には妥協も必要となります。それに対してディベートのほうはあえて徹底的に対立することで考えを深めていこうとするもので、両者は性格を異にしています。
ディベートは、双方が相手側の欠点をつき自分側の正しさを主張しあい勝負を決める、一種の知的ゲームといえます。しかし、「相手を言い負かすことが究極の目的なのではなく、双方が問いを共有し、ともに何か得るところがあったと感じるのが、よいディベート」 (「ディベートの方法』井上尚美)」なのです。
議論をしていて、異なる立場からの意見や反対意見であっても、それらがきちんとかみ合った形で積み上げられた結果、思いがけない新しい展望が開けたという経験はありませんか。複数の人間が一つのことについて議論をすることの意義や、面白さはここにあります。ディベートが目指すのも同じ所です。表面的な勝負けばかりではなく、この議論で何が新しく見えてきたことに注目したいものです。

2、ディベートをするメリット

○論理を積み上げて意見を述べる経験を積むことで、得する力が養われる。
○人の発言を集中して聞き冷静に分析することで、聞力が養われる。
○議論に参加する時の基本的な姿勢を実践的に学べる。

 

3、ディベートの試合の基本的な流れ

 

 

立論と
反対尋問


反駁



最終弁論


審査

肯定側
否定側

①肯定側立論

②否定側反対尋問
④肯定側反対尋問
③否定側立論

作戦タイム

⑤肯定側反駁

⑥否定側反駁

作戦タイム

⑧肯定側最終弁論

⑦否定側最終弁論


(審査)


 

○立論 自分たちの意見の正しさを、理由を説明しながら主張する。

○反対尋問 相手の立論について疑問に思ったことを質問する。また、補足の説明を要求する。ここで、自分たちの主張を行わないこと!!

○反駁 相手の矛盾点や問題点について指摘する。 自分の主張の正しさが崩されないようにする。

○最終弁論 これまでの議論をまとめ、相手の主張より自分の主張が正しいことを再確認する。

○審査 審判が、肯定側・否定側のどちらにより説得力があったか判断し、勝敗を付ける。そして、判断の理由を講評として述べる。

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