「図解力」を鍛える――プレゼンテーションスキルを磨く国語の授業――

 畑村 学


1. はじめに

 コミュニケーションやプレゼンテーションのツールとして最近特に注目されているのが「図解」である。ベストセラーとなった久恒啓一氏の『図で考える人は仕事ができる』(日本経済新聞社、2002年)をはじめ、図解に関する本は、企業におけるプレゼンテーション力やコミュニケーション力の重要性が広く認められるようになったのに伴って、今日数多く出版されている。
 高専の国語教育においても、そうした社会のコミュニケーション力やプレゼンテーションスキル重視の傾向を踏まえ、スピーチやプレゼンテーションなどコミュニケーションスキルを高める授業が行われ始めている。
 しかし、従来の授業では、プレゼンテーションの資料で中心的な役割を果たす「図」の書き方に関する体系的な指導は、これまであまりなされてこなかったのではなかろうか。
 多くの情報のなかから本質的なものを選び取り、それをまとめるには「要約力」が必要であるが、要約したものを第三者に提示する際、視覚的にインパクトのある図によって提示することができれば、プレゼンテーションの効果は飛躍的に増すであろう。
 そうした図を書く能力、すなわち「図解力」は、今後社会で大いに必要とされるが、どうすればこの力を学生たちに身につけさせることができるのだろうか。
 本稿は、筆者が宇部高専の1年から4年までの国語で行っている図解力修得を目的とした授業の実践報告である。図解と国語の授業とは一見何の関係もないように見える。しかし、複雑な事象をシンプルな形に「要約」したものが図であると考えれば、文章を要約する力は言うまでもなく国語の授業で修得すべきものであるから、図は要約の延長線上にあると言えよう。
 以下、1~3年、4年に分けて、図解力を鍛えるための授業内容を紹介することにしたい。

2. 授業の実際

 平成17年度、筆者は1年生2クラス、2年生4クラス、4年生2クラスの国語に加えて、専攻科1年の「日本語表現」の授業を担当した。平成18年度は1年生3クラス、3年生3クラス、4年生2クラス、専攻科の授業を担当している。
 筆者は1~3年生の国語では検定教科書を使いながらも、社会で役立つ国語の授業を目指し、一年を4回の定期試験を区切りとして、①要約・コメント、②スピーチ・プレゼンテーション、③作文・小論文、④図式化と説明文、の4つのテーマで授業を行っている。
 以下、(1)1年の授業におけるおすすめブックリストを使った自己紹介、(2)1~3年の図式化と説明文の授業、(3)4年生の漢詩を素材としたプレゼンテーションの授業を順番に紹介したい。

(1)1年:ブックリストを使った自己紹介

図1
図1 おすすめブックリスト

 1年の国語では、初回にシラバスを利用してガイダンスを行うが、続く2回目の授業では、初回にレポートとして作らせておいた「おすすめブックリスト」を使って、本の紹介を兼ねた自己紹介をさせている。
 「おすすめブックリスト」は、自分が読んだことのある本のなかからおすすめの本を数冊ピックアップし、A4用紙にイラストや解説をつけて紹介するものである。
 授業では、これを手に教室を動き回って相手を見つけて交換し、握手と簡単な挨拶の後に本の内容について情報交換を行う。交換終了後、相手のリストから自分が興味を持った本の書名と相手の名前を別紙に記し、握手して別れる。この交換を一定時間繰り返し行い、終了後、自分が書き留めた本から特に読みたいと思った2冊選んでチェックし、次の授業でそれらを授業担当者である筆者が一覧表にして配布し、多くの学生が選んだ本を紹介した者を表彰する。
 この授業は、まだ顔も名前もよくわからない者同士の自己紹介が第一の目的であるので、図の具体的な書き方についてはあまり指導せず、用紙のスペースを有効に使って、字の大きさや文字の色などフォントを変えたり、イラストや写真等を使ったりして見た目にこだわり、自分が紹介する本に少しでも興味を持ってもらえるよう工夫するよう指示する。
 国語以外でも、授業で学生にスピーチやプレゼンテーションをさせる機会はあるが、大勢の前で話をした経験の少ない1年生の場合、いきなり何も見ずにスピーチをさせてもそれほど教育効果は期待できない、というのが実感である。むしろ、2人組、3人組の少人数で、かつ資料を使ってプレゼンテーションをさせることの方が、学生の抵抗も少なくかつ効果的である。

(2)1~3年:「図式化と説明文」の授業

 平成17年度、筆者は1年生と2年生のクラスで「図式化と説明文」(全7回、1回90分)の授業を行った。
 それぞれ最初の授業ではプリントを用いて図を構成する3つの要素、すなわち

 ①マルや三角、四角といった図形
 ②矢印などの記号
 ③キーワード

 の特徴と、その基本的な使い方を説明した。
 このなかでも②矢印は、物事の推移や変化をはじめとして、因果関係や影響関係、対立、循環、双方向などのさまざまな関係性を提示することができ、絵やイラストと違って図をプレゼンテーションのツールとして成り立たせている非常に重要な要素である。
 授業では、最終的には自分で作った図を使ってプレゼンテーションをすることを目的としているが、限られた時間内でプレゼンテーションを何度も行うことは不可能であるため、図式化の指導とセットで文章による図の効果的な説明の仕方(説明文の書き方)を指導している。
 説明文は、全体的なことから細部へ、そして再び全体へという順番で説明するように指示する。全体とは、図のタイトル(何を表した図であるか)や矢印のスタート地点とゴール地点のことである。細部は図の具体的なパーツを指すが、それぞれのパーツは矢印があれば矢印の順に沿って説明し、無ければ視る側の視線の流れに従って説明するよう指導している。
 図式化の授業では、漢文の学習を兼ねて、教科書に掲載されている漢詩をテキストにして行った。漢詩は日本の現代詩などに比べ構造が明確であるため、図式化の教材に適している。

図2

図2 柳宗元「江雪」板書図

 図2は、有名な柳宗元の「江雪」の構造を、授業のなかで筆者が板書したものである。雪によって外と隔絶された世界。冷たい川のなかに舟を浮かべ、身を切る寒さに耐えながらじっと釣り糸を垂れる1人の老人に、都から僻地に左遷された詩人が自分自身を重ねている。
 この詩に描かれている世界を表現するのには、大きな円の中に小さな円が含まれる「包含」の図形を使うのが相応しい。

図3
図3 王維「竹里館」の図式化

 また、図3は、盛唐の詩人である王維の「竹里館」の学習を行った後に、筆者が書いた鑑賞文(右下の小字)を参考にして学生が図式化したものである。
 授業中は漢詩とは別に、作業やレポートの課題としてさまざまなテーマを与えて図を書かせることも行った。

図4
図4 入学時の私と今の私

 1年生は、図式化の授業を行ったのが入学して10ヶ月経過した1、2月頃であったので、「入学時の私と今の私」(図4)というテーマで入学後の成長や変化を推移の矢印(→)を使って図式化させたり、「高専生活の理想と現実」を対比の矢印(←→)を用いて図式化させたりした。

図5
図5 相関図(2年生)

 2年生も同様に、入学してから2年近く経過した自分の変化を図式化させたり、自分が所属する集団(クラブ、アルバイト先、クラス、家族など)の人間関係を示す「相関図」(図5)を作らせたりした。
 図5は、クラブにおける人間関係を図式化した学生のレポートである。左側のスペースに相関図を記し、右側には相関図を説明する説明文(プレゼンテーションする場合の原稿)を記している。

(3)4年生:漢詩を素材としたプレゼンテーションの授業

 4年生の国語(半期、全15回)では、漢詩を素材とした本格的なプレゼンテーションの授業を行っている。
 授業の詳細は「漢詩を素材としたプレゼンテーション授業の実践」(『漢文教育』第29号、2004年)で報告しておりそちらを参照していただくことにして、以下図解に関する点についてのみ取り上げて、4年の授業における図解力を鍛える取り組みについて紹介する。
 この授業は、学生が自分で選んだ漢詩を詳しく調べ、それをA4用紙4枚にまとめ、担当日に10分で発表するというものである。資料作成に際しては、必ず考察の内容や結論をわかりやすくまとめた図を書くように条件をつけている。

図6
図6 プレゼンテーション資料

 図6は、学生の作成した資料4枚のうちの図を掲載したページ(4枚目)である。
 学生は授業前の休み時間に資料に掲載したのと同じ図を教室の白板に書き、プレゼンテーションの時にはその図を指し示しながら発表する。

図7
図7 白板に書いた図を示しながら発表する学生

 聴き手である学生に配布する資料は白黒印刷のため、図の中のキーワードは字の大きさや太さなどフォントを変えて表示することになるが、白板に書く場合は色を使ってもよいことにしており、発表する学生もさまざまにアレンジして書いている(図7)。

図8
図8 プレゼンテーション審査用紙

 学生のプレゼンテーションは、審査用紙(図8)を用いて教員および聴き手の学生が評価するが、その評価項目は以下の通りである。


 1 資料(見た目・構成)は工夫されていたか
 2 説得力のある深い考察が行われていたか
 3 構造的でわかりやすい図が書けていたか
 4 聞き取りやすい声で発表が行われていたか
 5 発表の態度や図の説明に工夫が見られたか
 6 質問に対してきちんと答えられていたか
 7 発表内容は理解できたか、興味を持ったか
 8       ( 空 欄 )


 項目1~3は、プレゼンテーション資料に関する評価項目であるが、そのなかの項目3は「構造的でわかりやすい図が書けていたか」となっており、考察内容や考察の結論をわかりやすく図示できているかを評価する内容となっている。
 また、項目4~6は、話し方や態度に関する評価項目であるが、項目6は「発表の態度や図の説明に工夫が見られたか」となっており、白板に書いた図を指し示しつつ、きちんと前を向いて説明できたかどうかを評価する内容となっている。
 説明の仕方は、先に述べた説明文の書き方と同じく、まず図の全体的なこと(何を表現した図であるか、図のタイトル、結論等)を述べた上で、図の細部(矢印の流れ、それぞれのパーツ等)を説明するというものである。なお、項目8は、評価項目を空欄にし、評価段階の5のところに最初から○をつけている。これは、プレゼンテーションを聴く側の聴く力をアップさせるために設けており、プレゼンテーションの最も良かった点を聴き手自身が探して記入させることにしている。

3. まとめ

 イラストと図の違いはどこにあるかというと、プレゼンテーションの資料において、イラストはあくまで補助的な役割しか担うことができないのに対し、図は資料の主役としてその中心的な役割を果たすということである。
 また、その技術修得の過程も、イラストが書き手のセンスによるところが大きく、授業における指導や修得が難しいのに対し、図解は記号や矢印の意味を理解し、トレーニングを積みさえすればだれでも書けるようになる。事実、試行錯誤を繰り返しながら図解の授業を経験した学生は、最初の頃とは見違えるようなすばらしい図を書くようになり、学習効果が顕著に現れる。
 平成17年度の4年生のクラス(経営情報学科4年)で筆者が行った授業アンケートで、「図解力は身につきましたか」と尋ねたところ、「非常に身についた」が36名中6名、「まあ身についた」が36名中24名で、8割以上の学生が図解力が身についたと実感している。
 コミュニケーション力やプレゼンテーション力が社会で求められている現在、高専の国語教育でも学生にそうした能力を修得させる取り組みを行っていく必要があると考える。
 そして、プレゼンテーションスキルという場合、一般的には話し方や話す際の身振り手振りも含めた態度を想起するが、パワーポイントであれ印刷されたものであれ、資料に基づいて発表する機会が多いなかで、話の内容や結論をシンプルで効果的な図を使ってプレゼンテーションできる能力は、今後社会で大いに求められる力ではなかろうか。
 以上本稿では、プレゼンテーションスキルとしての図解について、筆者が国語の授業で行っているいくつかの取り組みについて紹介した。これまでは図解力を修得させるための素材として特に漢詩をテキストとしたが、今後は漢詩以外の教材も用いて、より効果的に図解力が修得できるような方法を検討することにしたい。

 注

1)『高専における国語コミュニケーションスキル教育の評価と改善 中間報告書』(平成14―15年度国立高等専門学校協会教育法方改善(東北地区高専)共同プロジェクト、鶴岡工業高等専門学校主幹、2003年3月)参照。

 参考文献

1)畑村学「漢詩を素材としたプレゼンテーション授業の実践」、『漢文教育』第29号、2004年
2)畑村学「「聴く力」をつけるプレゼンテーション授業」、『高専教育』第29号、2006年